多くの企業がブランド想起を高めようと、SNSやマスメディアに投資する。しかし、投資に見合う成果が得られないケースは少なくない。その原因の多くは、消費者に「こう思われたい」という理想と、顧客が実際に「こう思っている」という現実のギャップにある。企業が使う言葉と、消費者が日常で使う生の言葉。この距離を埋めることが、ブランド想起を設計する第一歩だ。そこで今回はブランド想起について、インサイトフォース代表取締役の山口義宏氏と、『コミュニティマーケティングは「巨人の肩」に乗れ』の著者であるホットリンクの増岡宏紀氏が語り合った。[日経クロストレンド 2026年3月23日付の記事を転載]

インサイトフォース代表取締役の山口義宏氏(写真右)とホットリンクの増岡宏紀氏(同左)
インサイトフォース代表取締役の山口義宏氏(写真右)とホットリンクの増岡宏紀氏(同左)
画像のクリックで拡大表示

企業が考える「きれいな言葉」では想起されない

山口義宏氏(以下、山口) 増岡さんは日々SNS支援をされていますが、ブランド想起について企業からどんな相談を受けますか。

増岡宏紀氏(以下、増岡) 「ブランド想起を高めたい」という相談を受けることが多いのですが、SNSの現場から見ていてよく感じるのは、企業側が設定している「こう思われたい」という理想と、実際のSNS上でのコミュニケーションがつながっていないということです。

 ブランド戦略として、「こういう想起をつくりたい」という想起軸が設定されているケースは多いです。ただし、その想起軸がSNSにおいて機能するかどうかはまた別の話です。顧客視点で考えると“きれい過ぎる言葉”になっていて、SNS戦略に落とし込めていない。結果として一方的な発信になってしまい、顧客に響かず、ブランド想起を高められないケースが多くあります。

山口 事業会社も支援会社も、ブランドが「こう思われたい」という理想を設定する際、どうしてもきれいな言葉になってしまいますよね。私も、抽象度が高く洗練されているけれど、消費者が日常で使う言葉とは少し距離があるように感じます。

 SNSでの言及にせよ、日常会話にせよ、消費者が実際に使うのはもっと具体的で生活に根ざした言葉です。この両者の距離をどう縮めるかが、ブランド想起を高められるかどうかの分岐点になります。

増岡 まさにそうですね。私たちは企業側が設定した言葉を見たときに、「ユーザーがSNSに投稿する際に使ってくれる言葉だろうか」という視点でもチェックします。多くの場合、企業側が設定している言葉がそのままクチコミとして使われることは少ない傾向にあります。

山口 おっしゃる通りです。これには、3つの原因があると考えています。

 1つ目は、消費者がブランドに抱いているイメージと、企業が目指す理想像との距離が大き過ぎること。ギャップがあり過ぎるとメッセージが届かなくなるという問題です。

 2つ目は、方向性は間違っていないのに表現が抽象的過ぎること。カッコいい言葉でまとめようとしても、それは消費者が日常的に使う言葉ではないため、想起につながらなくなってしまいます。

 そして3つ目は、ブランドのコンセプトを1つにまとめ過ぎてしまうこと。消費者によって受け取り方は様々であるにもかかわらず、1つのコンセプトに集約しようとする過程で多様性が失われてしまうケースもあります。

山口義宏氏
山口義宏氏
画像のクリックで拡大表示
山口 義宏 氏
インサイトフォース 代表取締役
2010年にブランドコンサルティングを提供するインサイトフォースを設立。これまで200社以上のコンサルティングに携わり、BtoC~BtoB問わず企業及び商品・サービスの競争力を高めるブランド及びマーケティング戦略策定、マーケティング施策の支援に豊富な実績を持ち、事業会社の社外取締役やアドバイザーを歴任。著書に「マーケティング思考」「デジタル時代の基礎知識『ブランディング』」(ともに翔泳社)、「マーケティングの仕事と年収のリアル」(ダイヤモンド社)他

山口 例えば、ロングセラーの食品はその難しさを帯びた典型例です。「おいしい」という漠然とした言葉はあっても、おいしさの種類は多様ですし、個々人の思い出や喫食シーンによって「おいしい」の意味は異なります。一方で、ブランドのコンセプトはある程度集約する必要があるため、その過程で失われるニュアンスや多様性がたくさんあるんです。

企業の理想と消費者の認識に距離がある理由

増岡 1つ目の「距離が大き過ぎる」というのは、具体的にどういうことでしょうか。

山口 距離が遠いということは、企業が消費者からどう思われているか分かっていない、ということです。ブランドとして「こうありたい」という理想はあっても、消費者の認識とのギャップを把握できていないと、どんなメッセージを発信しても上滑りしてしまいます。

 では、なぜ企業は消費者のイメージを正しく把握できていないのか。理由は2つあって、1つは単純に顧客との接点が少ないこと。もう1つは、情報は目の前にあるものの、受け入れられないことです。

増岡 情報はあっても受け入れられない。支援会社としてもよく直面する課題です。山口さんはどんなケースを目にされますか。

山口 典型例として、ブランド企業がこれまで築いてきた歴史や組織としての誇りが、足かせになっているケースがあります。情報に触れる機会はあっても、それを受け止めることが難しい。

 例えば、規模が大きく歴史もあり、主力事業が非常に強い企業があるとします。ただし、主力カテゴリー以外では必ずしもトップブランドではありません。それにもかかわらず、王者としては扱われず、格下扱いのような消費者の評価や反応を素直に受け入れられないケースです。

 あるいは、新しいイノベーターやチャレンジャーが現れることで、王者である自社の価値が相対的に古く見えてしまう場合もあります。自分がつくり上げた事業がアイデンティティと一体化していると、それを否定することは非常に難しく、結果として方針転換が遅れてしまうんです。

増岡 特に自己否定が絡むケースは難しいですよね。トップダウンで意識を変えていく必要があるように思います。

山口 そうなんです。しかし、こうした問題は特に現場で顧客と触れ合う時間が減っている上層部に多い。ブランドと消費者の間に距離があることは明らかで、変えなければ結果が出ないと分かっていても誰も言い出せない。社内政治や忖度(そんたく)の問題になりがちです。

 これは社内の担当者だけでなく、僕らのような外部のプレーヤーも同様です。クライアントを怒らせたくないという気持ちと、でもそうしないと成果が出ないという難しい葛藤があります。

 ただ、私の経験では、本当に相手のためを思って伝えれば、一時的に反発されても最終的には信頼につながります。むしろ、社内の人間関係では日常的な人事評価があることでリスクを感じて踏み込みにくく、社外の支援側は率直な見解提示のリスクが低いことで踏み込みやすい構造はあります。事業会社が支援側に期待するのは、自分たちだけでは直視しにくく社内で上層部に伝えにくい客観的な評価の共有と、それに基づく成果が出る施策への転換が多いと感じます。

増岡 企業やそこに属する人たちのアイデンティティに触れる問題だからこそ難しさもありますが、だからこそ支援会社として介在する価値がありますよね。

増岡宏紀氏
画像のクリックで拡大表示

データで計測し切れないものの価値

山口 では、企業の理想と消費者の現実のギャップをどう埋めるか。僕は実際に利用者の方に話を聞いてみて、ブランドについてどう言っているかを大切にしています。そこには身も蓋もない話がいっぱいあります。企業には企業なりのピュアな思いやビジョンがあるけれど、利用者目線だと「こういう理由で選んでるんだ」という発見がある。

 ブランドが期待する評価軸ではないかもしれませんが、利用者はちゃんと評価して選んでいます。その理由や基準を聞いて、その言葉のまま切り取ることが大事だと考えています。

増岡 消費者の言葉を起点にするということですね。私たちがSNSのクチコミを重視するのも同じ理由です。ブランド側の言葉ではなく、ユーザーが自然に使っている言葉を知ることで、初めて消費者のリアルが見えてきます。

山口 まさにその通りです。1次情報にどれだけ接するか。インタビューやヒアリングを通じて、利用者が実際にどういう言葉で語っているのか。ブランド想起の設計は、まずはそこから始まるんです。

 そして、ここで重要なのは、データで計測し切れないものの価値を軽視しないことです。

 例えば、以前ノンシリコンシャンプーの支援をしていたとき、消費者へのインタビューを通じて、美容師の推奨が購買に強く影響していることが分かりました。

 「美容師さんがシャンプーをしながら『シャンプーは何を使っています? ノンシリコンがいいですよ』と薦めてくれた」という声が多く聞かれました。専門性が高く、信頼している人からの推奨だからこそ、それがノンシリコン志向のきっかけ、シャンプーのブランドスイッチになりやすい。

 ただ、これはデータとして定常的にトラッキングはしにくいんです。日本全国の美容師が誰に推奨したかは把握できません。でも、CV(コンバージョン、成約)には効くという。

増岡 SNS施策でも同じ課題を感じることがあります。ダークソーシャルと言いますが、DMやLINEなどでクチコミされ、広がるように、数字に表れないところで、実はブランドへの信頼が積み上がっていることがあるんです。

山口 確かにそうです。計測はできないけれど、消費者へのインタビューで重要なトピックが出てきたときは、計測できないから、因果関係が検証できないからといって切り捨てずにリソースを投下することが大事だと思っています。

 こうしたデータで計測しにくいケースは他にもたくさんあって、タクシー広告も典型的な例です。BtoB(企業間取引)商材でタクシー広告を打った際、指名検索数の変化は見えやすくトラッキングしやすいです。でも、社内検討の稟議(りんぎ)において広告の存在がアシストしたかはトラッキングできません。

 経営層の方々に会って話を聞くと「部下から稟議が上がってきたとき、タクシーで見て気になっていたところだったからすぐにハンコ押したよ」という話が実際に何度も出てきたので、提案後のCVR(コンバージョンレート、成約率)にも効いているという推察にはなります。

増岡 データを見ることは前提として、定性情報も見ることで意思決定の精度が上がるということですよね。

山口 そうです。定性情報だけに頼るのもダメだし、定量データだけに頼ると本当は効いている重要な施策の投資を減らしてしまうことがあります。

山口義宏氏
画像のクリックで拡大表示

想起のきっかけをどれだけ用意できるか

増岡 ブランド想起を高めるために、もう1つ重要な視点があると思っています。ホットリンクで「言及在庫」と呼んでいるものです。

 人がブランドを思い起こして行動するとき、そこには必ずきっかけがあります。その想起のきっかけや切り口という「在庫」をどれだけ多く用意しておけるか、これが言及在庫の考え方です。

言及在庫メソッドのイメージ
画像のクリックで拡大表示

 例えば「朝に飲むコーヒー」「仕事の合間の一息」「運動後の水分補給」。このように異なる生活シーンで想起されるトピックをどれだけ用意できるかという視点が1つ。

 もう1つは、同じブランドについての情報でも、企業からの発信や広告で知る、クチコミで耳にする、といった異なる接点で触れること。こうした複数の接点から情報に触れることで、消費者がブランドを思い出す機会が増えていきます。

山口 言及在庫という表現は面白いですね。言及されやすいエピソードやネタの在庫、ということですね。

増岡 その通りです。先ほどお話しした「異なる生活シーンで想起されるトピック」を企業側から用意することも大切ですが、同じメッセージでも「誰から聞くか」「どこで知るか」によって、それぞれが独立した想起のきっかけになります。だからこそ、様々な接点を設計することが重要です。

山口 接点によっても、影響力に差がありますよね。

増岡 ありますね。例えば、ドライヤーで「風量がすごい」というメッセージがあったとして、企業から聞く、美容師が使っていると知る、ママ友から「子どもが小さくてお風呂上がりはゆっくりできないから早く乾くこのドライヤーが良い」と教えてもらう。同じ内容でも接点が違えば、受け取り方も変わります。

 異なるメディアで触れることや、PRやクチコミのような広告とは異なる信頼性の高い情報源で触れることも重要です。複数の接点で触れた方が態度変容が起こりやすいというのは、調査でも実証されていますよね。

山口 新聞、テレビ、友人からの話。たとえターゲットが絞られた商材でも、複数のメディアで接触すると「流行っている」「支持されている」という印象を持ちますよね。インタビューでもよく出てくる話です。

増岡 SNSで言えば、X・Instagram・TikTokと複数の媒体で異なる切り口に触れることで、「よく見かける」という印象につながります。それが「流行っている」という認識に変わっていくんです。

増岡宏紀氏
画像のクリックで拡大表示

ブランド想起と売り上げをつなぐロジック

増岡 ここまでブランド想起の設計について話してきましたが、これを経営層に説明する際、どう論理立てて説明するかも重要だと思います。山口さんは、どのように説明されていますか?

山口 ブランド想起の話の説明は、まずビジネスへの貢献という目線からブランドの効果を理解することが必要だと思っています。

 シンプルに言うと、ブランドの認知が全くない人、認知がある人、純粋想起がありポジティブなイメージを持っている人。この3つの属性の顧客層ではCVRは大きく変わります。つまり、ブランド想起の有無がビジネスへの貢献度を左右するということです。

増岡 指名検索の動きも、その論理を裏付けますよね。

山口 そうですね、指標として一番分かりやすいのが指名検索経由だとCVRが高いという話です。

 ただし、ブランド認知や想起が高まることでCVRが上がるという論理は検証できるものの、消費者が認知しポジティブに態度が変わったきっかけがどのSNSのどの投稿なのかを特定するのは難しい。これは課題として残ります。

増岡 私たちの支援事例では、指名検索数とUGC(ユーザー生成コンテンツ)数の間に統計的に有意な相関が確認されています。購入前に比較検討する際、ポジティブなUGCがあるかないかで購入確率は変わる。これが非常に重要です。

山口 測りにくいものをどう論理的に説明するか。そうした説明を積み重ねることで、ブランド想起への投資の正当性を示していくということですね。経済的な合理性があるということを結果から類推する。因果関係までは難しくても相関結果を注意深く把握しながら啓発を続けていくことだと思います。

増岡 ブランド想起を設計するということは、「思われたい」と「思われている」のギャップを埋めること。消費者の言葉で語ること。複数の接点で触れること。正確に測れないものの価値を理解すること。

 こうしたことを実践することで、初めて投資が成果につながるブランド構築が実現できるのだと、改めて感じました。次回は、このブランド想起をSNS時代にどう確立するか、そして組織としてどう推進していくかについて、深掘りしていきたいと思います。

増岡氏と山口氏
画像のクリックで拡大表示

(後編に続く)

(写真/村田和聡)

多くの企業が自社コミュニティを立ち上げたものの活性化せずに終わっています。その理由は「ゼロからコミュニティをつくる」という前提にあります。本書が提案するのは、従来の「ファンを囲い込む」発想とは真逆のアプローチ。熱量をもって活動している既存のコミュニティ――つまり「巨人の肩」に乗り、その中で自然に認知をとり、発話を生む方法です。SNSマーケティング支援企業で多くの実績を積んだ著者が、これまでの知見を体系化した再現性の高い実践ガイドです。

増岡宏紀(著)、日経BP、2420円(税込み)