ROAS・CPAといった短期指標だけにとらわれて、中長期的なブランド構築がおろそかになっていないだろうか。マーケティングファネルの下部だけを見て最適化を図ると、ファネル全体の成長機会を逃してしまう。そして現在、指名検索の成果についても、短期的な視点で捉えられてしまうケースが増えている。本来、指名検索は認知とブランド構築の積み重ねの結果だが、短期的な数値目標として扱われているのだ。短期指標は重要だが、それだけでは全体最適を見失う恐れがある。ファネル全体を見据えた戦略設計の重要性について、マテリアルデジタル取締役の川端康介氏とホットリンクの増岡宏紀氏が2回にわたって議論。今回はその前編をお届けする。[日経クロストレンド 2026年3月31日付の記事を転載]
ソーシャルマーケティングが直面する成果の可視化問題
増岡宏紀氏(以下、増岡) 川端さんは著書『 顧客を見れば、戦略はいらない 解像度を上げるボトムアップマーケティング 』(日経BP)の中で、マーケティングファネル(認知、興味関心、比較検討、購入と消費行動――の過程を示したフレームワーク)全体を見据えた戦略設計の重要性を説かれていますね。私たちも、ROAS(広告の費用対効果)やCPA(顧客獲得単価)といった短期指標だけで成果を測ろうとすることの難しさを日々感じています。
川端康介氏(以下、川端) SNSマーケティングやPRの効果測定は、確かに難しいテーマですね。
増岡 はい。短期指標も重要ですが、SNSやPRの効果はそれだけでは捉えきれない部分が大きいです。
お客さまからは、よく「結局、売り上げにつながるのか」という質問をいただきます。最近ではKPI(重要業績評価指標)として指名検索を掲げる企業も増えてきて、「指名検索をどう伸ばすか」という相談も多くなっています。
川端 ただ、指名検索においても非常に短期的な思考になりがちですよね。本来は中長期的な積み重ねの結果なのに。
増岡 これは本当に難しい問題で、マーケティングの現場では「今月のROASはどうだったのか」「このキャンペーンのCPAは」という話になることが多いです。ROASもCPAも重要な指標ですが、それだけでSNSマーケティングやPRの効果を測るのは難しいと考えています。
川端さんも、ROAS、CPAという短期指標だけにとらわれないようにするための工夫をされていると思うのですが、どのようにアプローチされていますか。
川端 私はそれだけを見るのではなく、全体を見ることを意識しています。例えば、ミドルファネル(マーケティングファネルの中間層)を強化しましょうという話をするのですが、ミドルファネルを強化しながら、同時にローワーファネル(マーケティングファネルの下部)に向けた施策も並行して進めます。
ファネル下部でのROASやCPAは当然チェックします。ただ、それだけを追うのではなく、ミドルファネルへの投資配分も同時に設計するのです。具体的には、広告宣伝費の何%をミドルファネルに投下するのか、それによっていつまでに目標を達成できるのか、という全体設計を組み立てます。ファネル全体のバランスを見ていくということですね。
マテリアルデジタル 取締役
増岡 なるほど。ファネル下部だけを見ていると短期的な最適化に陥ってしまいますが、ミドルファネルへの投資を併せて設計することで、中長期的な成長基盤がつくれるということですね。
川端 ファネル下部の顕在層向け施策に偏り過ぎる状況になると、マーケティング戦略の全体像の解像度が下がり、全体最適を見失ってしまいます。
WhoとWhatの設計においても、ファネル全体を統合的に見る必要があります。ターゲット(Who)をファネルの各段階で定義し、それぞれに適したメッセージ(What)を設計していく。このブランドがどういう選ばれ方をしているのかを設計した上で、ミドルファネルでどの施策をどれだけ投下したら効果を全体に波及できるのか、という因果関係と相関を見極めていく必要があります。
バズは「意味のあるリーチ」なのか
増岡 ファネル上部のブランディングとCPAの最適化、両方のバランスが重要ということですね。
川端 その通りです。ただ、ブランディングを考える際に注意したいのは、抽象的なブランドビジョンだけを掲げても、売り上げにはつながらないということです。売り上げが伸びていない企業の多くは、市場のニーズをくみ取れていません。
私が重視しているのは、ファネル下部のデータから「今、実際にブランドを選んでいる人が誰なのか」を把握することです。「今、商品を選ぶ人」が分かるからこそ、「将来選んでくれる可能性がある人」を推測できる。そして、今リーチできていない潜在顧客に向けたメッセージを設計していく。このアプローチが重要だと考えています。
増岡 ファネル下部で正しく顧客を把握するからこそ、ファネル上部での適切な取り組みができる。非常に重要な視点ですね。
ROASで測れない施策では、その施策が正しいかの判断を即時にできないことが多いので、戦略の大前提である「顧客を外さないこと」はとても大事になります。SNSマーケティングにおいても同様で、顧客理解や誰にアプローチすべきなのかの戦略はとても重要です。正しく顧客に届かなければ、どれだけ日々発信を頑張ろうとも売り上げにはつながりません。
ただ実際の現場では、そうした戦略的なアプローチよりも、短期的なバズを狙うといった、不特定多数の人に届けようという思考になっていることが多いのです。ファネル下部に向けた施策はCPAで評価する一方で、SNS施策は「バズったかどうか」で判断されがちです。
ブランディングの部門では目指すべきブランドイメージが明確にあっても、SNSの現場ではとにかく多くの人に見てもらうことが優先されてしまい、両者が全くつながっていません。ファネルの上部と下部が分断されてしまっている状態です。
川端 ブランディング部門とSNS担当が、全く別の方向を向いているということですね。
増岡 まさにそうです。バズそのものが悪いわけではありません。結果的にバズが生まれれば、それは喜ばしいことですが、バズを戦略の根幹に据えるのは危険だと考えています。
川端 バズに頼る思考がなぜ危険なのでしょうか。
増岡 多くのケースにおいては、商品を軸にしたバズではなく、コミュニケーションを軸にしたバズになっているからです。また、そもそも今の環境では企業がバズを生むことは非常に難しくなっているという理由もあります。
運良くバズればリーチを生みますが、肝心なのは「意味のあるリーチかどうか」です。コミュニケーション文脈だけで広がると、商品の認知にはつながりにくい。また、バズは不特定多数の人に届くので、蓋を開けてみると届けたい人には情報は届いていなかったということはよくあります。そのため、私たちはバズに頼るのではなく、広告も活用しながら、届けたい人に商品の便益や価値を伝えることを重視しています。
川端 非常に重要ですね。ブランディングとパフォーマンスマーケティング、そしてSNSマーケティング。これらを統合的に見る視点が必要で、そこに踏み込まないと、表層的なマーケティングになってしまいます。
指名検索を短期で評価してはいけない
増岡 指名検索の話をもう少し深掘りさせてください。指名検索はファネル上部でのAttention(認知)とInterest(興味)があって初めて生まれる行動です。AISAS(認知・興味・検索・行動・共有)で言えば、AとIを経てのS(探索)です。ファネル全体の流れの中で生まれるものなのに、指名検索が大事だとみんなが思った瞬間、局所的な数値だけを追いかける思考になってしまいます。
「指名検索の量を今月どれだけ増やせるか」に限った話になってしまうと、本質を見失うと思っています。
川端 そうですね。本来、指名検索は短期的なものではなくて、中長期的に累積した結果の1つであるべきなのに、それを短期的にどうにかするという場当たり的な思想になってしまう。この本質を十分に理解できていないケースは少なくないと思います。
増岡 マーケティングの現場では「今月の指名検索数は」という話題が優先されがちですが、本来はそこに至るまでの認知拡大やブランド構築の積み重ねこそが大切です。短期の数値と中長期の施策、この両軸で考えることが求められていると感じています。
川端 指名検索が増えるということは、ブランドを認知して、興味を持って、記憶に残るという段階を経ているわけです。その積み重ねを無視して、指名検索だけを短期的に追いかけようとすると、本質的な解決になりませんよね。
増岡 例えば、「今月の指名検索を10%増やしてください」という依頼があったとして、それを達成するために何をすればいいのか。短期的には、既存の顧客に対してリマインド施策をやる、検索アクションを誘発する広告施策をやる、といった方法はあります。しかし、それは本質的な解決ではなく、一時的なブーストに過ぎません。
本当に指名検索を増やしたいなら、認知を広げて、ブランドの記憶を強化して、想起されるシーンを増やしていく。その積み重ねが必要であり、それには時間がかかります。
川端 おっしゃる通りですね。指名検索は結果であって、目的ではない。そこに至るまでのプロセス全体を設計することが重要だと思います。
時間軸で考えることの重要性
川端 例えば、SNSで投稿をした際に、その投稿のROASを即座に測ろうとするのは適切ではありません。これは、多くの方が感覚的には理解されていると思います。
しかし、それでも短期指標を追わざるを得ないのは、どの時間軸で、どの施策と組み合わせて、どういう効果が生まれるのか、ということを明確に理解できていないからだと思います。
増岡 時間軸の設計が重要ですね。マーケティングでは、「この施策の効果は3カ月後に現れる」「半年後にこういう形で見えてくる」という時間軸を、最初に明確にしておくことが大切だと思います。
ただ、それでも月次の振り返りでは「今月の数字は」という話になりがちで、中長期の視点を保ち続けることが難しいです。
川端 そうですね。そこが本当に難しいポイントですね。時間軸の設計は、マーケティング戦略の根幹だと思います。
増岡 施策を実行してから効果が出るまでの因果関係や時間軸の理解が、本当に重要です。例えば、SNSでコンテンツを投稿して、それが誰かの目に留まって、記憶に残って、購買のタイミングで思い出してもらう。この一連の流れには時間がかかるわけです。
でも、「今日投稿したから、今日売れるはず」みたいな期待をされてしまうこともあって。そこのギャップを埋めるのが本当に難しいです。
ある商品のSNS投稿を見た人が、その瞬間に購入を決めるわけではありません。「へえ、こんな商品があるんだ」と認知して、「ちょっと気になるな」と興味を持って、「今度買ってみようかな」と記憶にとどめる。そして、実際に購入するタイミングで思い出す。
その間に複数回の接触があったり、他のメディアでも見かけたり、友人のクチコミを聞いたりという複合的な要因で、最終的に購入に至ります。数週間から数カ月かかることも珍しくありません。だからこそ「この投稿のROASは」という測り方自体が、本質を捉えていないんです。
川端 まさにその通りですね。個別の施策を単体で評価するのではなく、全体の流れの中でどう機能しているかを見る必要があります。
増岡 その時間軸を理解してもらうために、中間指標をツリー構造で可視化することが多いです。お客さまの状況や商材特性に合わせ、売り上げの手前に指名検索、指名検索の手前にUGC(ユーザー生成コンテンツ)、UGCの手前にエンゲージメント、といった形で段階的に設定していきます。
そうすれば、「指名検索に至っていないのは、UGC数や反応量がまだ少ないからだ」とか「この文脈のUGCでは他指標に好影響を及ぼさなかったから、訴求を変えるべきだ」と判断できます。そして、施策を調整していくわけです。こうすることで、短期的な数字に一喜一憂せず、中長期的な成長への道筋が見えてきます。
川端 中間指標をツリー構造で見える化する。良いアプローチですね。ファネル全体を段階的に設計することで、今どの段階にいて、次に何をすべきかが見えてきます。
本来のKGIとは何か
増岡 中間指標をどう設定するかも重要ですが、そもそもは最終的なゴール、つまりKGI(重要目標達成指標)をどう定義するかが出発点になります。川端さんは、最終的にどのような指標を追いかけることが重要だと考えていますか。
川端 最終的には、どれだけの売り上げが立つのか、それに対する広告宣伝費と投資対効果をKGIにすべきだと思います。
そのKGIに到達するために、毎月、毎週、どの中間指標が上がっていればゴールに到達できるのかを設計する。そしてそれを定期的に見直して、アップデートし続けることですね。
増岡 事業の根幹となる売り上げそのものをKGIにする。当たり前のようで、実際には中間指標にとらわれて見失いがちなポイントですね。
川端 そうですね。ファネル全体を見据えるというのは、結局のところ、事業目標に向かってファネルの各段階をどう設計するか、ということなんだと思います。
(後編に続く)
(写真/村田和聡)
増岡宏紀(著)、日経BP、2420円(税込み)







