KPIの達成そのものが目的化してしまう現場は多い。事業目標を達成するための中間指標に過ぎないKPIが、いつしか追いかけるべきゴールになってしまう。では、中間指標を目標達成につなげるポイントはどこにあるのか。筋のいいKPIをどう設定し、どう検証していくのか。著書『顧客を見れば、戦略はいらない 解像度を上げるボトムアップマーケティング』で中間指標の設計を深掘りしたマテリアルデジタル取締役の川端康介氏とホットリンクの増岡宏紀氏との対談を通じて考えていく。[日経クロストレンド 2026年4月7日付の記事を転載]
KPIとの正しい向き合い方とは
増岡宏紀氏(以下、増岡) 前回はファネル全体を見据えた戦略設計の重要性、指名検索を短期で評価してはいけないこと、そしてKGI(重要目標達成指標)は売り上げといった事業の根幹に関わる指標であるべきだという話をしました。
KGIを達成するために中間指標を設計するのですが、実際の現場では中間指標であるKPI(重要業績評価指標)に振り回されてしまうことがよくあります。川端さんはこの状況をどう見ていますか。
川端康介氏(以下、川端) むしろKPIという中間指標の存在自体が、本質的な思考の邪魔をしているように感じます。そもそもKGIに向かうための道しるべであるべきなのに、「このKPIさえ達成すればいい」という思考を生み出してしまい、思考を停止させるツールになっているケースが非常に多い。
本来は、振り返りの中で「この指標が改善されたときに売り上げも伸びていた」という気付きから仮説が生まれ、それを検証していくべきだと考えています。
増岡 そうですね。やはり検証が大切だと思います。KPIの設定自体は必要ですが、そのKPIがKGIに本当につながっているのかを継続的にチェックすることが重要です。
例えば、「UGC(ユーザー生成コンテンツ)数を月間100件に増やす」というKPIを設定したとします。しかし、そのUGCが本当に売り上げに貢献しているのか、それとも単に数が増えているだけなのか。この点を検証しないと、KPIの達成だけが目的になってしまいます。
仮にUGC数を達成しても売り上げが伸びていなければ、KPIとKGIはつながっていないことになる。そこで、UGCを発信している人や内容、それを見た人の行動を深掘りしていくと、KGIとのつながりが見えてきます。
川端 おっしゃる通りです。KPIとKGIのつながりを検証し続けることで、初めて意味のある指標になります。
検証サイクルをどう回すか
増岡 ただ、この検証が本当に悩ましいです。例えば施策Aと施策Bを比較するとき、条件がそろっていないと正しい検証になりません。同じ条件下での比較、いわゆるApple to Appleで検証しないと本質が見えてこないと思うのですが、川端さんはどのように取り組まれていますか。
川端 Apple to Appleでの検証は理想的ですが、私自身はそこまで重視していないというのが正直なところです。
例えば、季節需要によって毎月売り上げが大きく変動する商品があるとします。その商品の施策を10月、11月、12月と3カ月続けて実施したとして、施策が本当に効果があったのかどうかをその3カ月で判断するのは簡単ではありません。だから私は、昨年と比べて「何をやったら何パーセント上がったのか」という評価の方が適切だと考えています。
比較して分析することをゴールにしてしまうと、「マーケティングらしいことをする」ことが仕事になってしまいます。だから、あまり気にし過ぎないように、意図的に自分をコントロールしています。
増岡 前年比での評価というのは、納得感がありますね。私たちも「今月はキャンペーンAとキャンペーンBのどちらが良かったのですか」と聞かれることがよくあります。でも、それぞれの施策は異なる時期に異なる条件で実施されているので、単純比較はできません。
川端さんがおっしゃったように、「昨年の同時期と比べて、今年はこういう施策を追加したことで、売り上げがこれだけ伸びた」という見方の方が、施策の本当の効果が見えてきそうです。
川端 その通りです。そして、その検証結果を次の施策に生かしていく。このサイクルを回し続けることです。
実際に検証を続けていく中で、因果関係が見えてきた事例があります。購買までの検討期間が長く、季節需要もある商品でした。最初は因果関係が見えなかったのですが、数カ月運用を続けると「クリックされたら、1カ月以内のコンバージョン(CV)数が増える」という相関が見えてきました。
この商品はその場で即購入される商品ではないので、広告をクリックした時点と実際に購入する時点が離れています。広告からそのままCVすればデータは取れますが、1カ月後に購入となると、広告管理画面上ではCVとして計測されないことが多い。そのため、短期的にはCPA(顧客獲得単価)が悪化しているように見えてしまうのです。
ただ、検証を続けていくと、私たちが運用しているクリエイティブやコミュニケーションに接してクリックした人たちが、1カ月以内に購入している。この因果関係が分かれば「売り上げ目標を達成するには何クリック必要なのか」「そのために必要なインプレッション数はいくつか」という逆算ができるようになります。
増岡 数カ月かけて、施策とKGIの因果関係が見えてきたということですね。やはり最初から完璧なKPIを設定するのは難しくて、検証を重ねながら精度を上げていくことが大切と言えそうです。
川端 まさにその通りです。検証を通じて、投下した広告費に対して売り上げやROAS(広告の費用対効果)がどう推移するかが見えてくると、継続すべきかやめるべきかの判断ができるようになります。さらにSNS広告だけでなく、SNS運用やYouTubeなど、他のチャネルへの投資配分も設計できるようになりました。
UGC設計の落とし穴
増岡 検証の話で言えば、UGCをKPIに設定している企業が増えていますが、実際にどうやって意味のあるUGCを増やしていくかは、簡単ではないと感じています。
川端 「意味のあるUGC」というのがポイントですね。よくあるのが、インセンティブを付けて、無理やりUGCを発生させようとするケースです。
例えば、インセンティブでレビューを増やそうとすると、「お得に買えました」とか「届くの楽しみです」といった投稿が大量発生します。しかし、こうしたレビューを見て購入する人はほとんどいません。お金を使ってUGCを無理やり生み出しているだけで、購買にはつながらないんです。
増岡 この負のサイクルは問題ですよね。レビューの数やUGCの数だけをKPIにしてしまうのが、仕組みとしてそもそも間違っている。このことをクライアント企業に伝え続けることも大切だと思います。
顧客理解を深める実践的な手法
増岡 では、実際にどうやって顧客理解を深めていくのか。川端さんは、WHO(ターゲット)を特定する際、どのようなアプローチから始めますか?
川端 最初は大ざっぱな思い込みから始めるようにしています。自分の体験や人の行動から仮説を立てるんです。
例えば、施策案を見たときに「僕だったらこれには反応しない」「でも、既存の顧客だったら反応するんじゃないか」という感覚からスタートします。そして「なぜ反応しないのか」「こういう心理があるから行動しないのか」と、事象を構造化していく。このターゲット層は計画購買なのか、非計画購買なのか。だとしたら、この接点の方が重要だ、という戦略につながっていきます。
増岡 主観的な仮説を立てた後は、どのように検証していくんですか。
川端 実際に施策を試しながら訴求軸を変えて、行動データを見ていきます。クリック率、LP(ランディングページ)遷移率、ブックマーク、プロフィール遷移数など、能動的なアクションを観察しながら「こういうインサイトがあったのか」とひも付けていく流れです。
データと実際の声、両方が重要ですね。私たちの場合、まず楽天市場やAmazon.co.jpのレビューを大量に集めて分析します。ターゲット商品だけでなく、類似する商品のレビューも集めて、悩みや代替商品という観点で分類していきます。
例えば、「商品Aはこういう悩みを持つ人たちがレビューを書いている」ということが分かれば、その商品のLPを見て、何を伝えているのかを確認します。楽天だけで売れているのか、それ以外のチャネルでも展開しているのか。こうした相対比較をしていくと、「だからこういうお客さまが買っているのか」という仮説が見えてきます。
増岡 類似商品まで見ていくんですね。今はAI(人工知能)があるので、レビューの分析も効率化されているのではないですか。
川端 そうですね、大量のレビューを分類するのはAIが得意とするところです。ただ、もう一つ工夫していることがあって、レビューを読む前に自分の第一印象を出しておくんです。褒めるポイントとネガティブな評価、両方を先に出しておく。
その上でレビューを読むと、自分の感情と世間の声を相対比較できる。自分がターゲットではない商品でも、自分の批判的な意見と世間の声を比較することで、「この不満を持つ人がターゲットなんだ」とターゲット層の感覚をつかめるようになります。
増岡 SNSでのUGC分析も、同じような考え方で行っています。大量のクチコミを分析して、その内容だけでなく発信している人のプロフィール文も全部見ていく。「この人はどういう興味関心を持っているのか」という“人軸”で、コミュニティのクラスター分けをしていきます。
それを競合と比較すると、「自社だけが獲得できている層」「狙いたいが獲得できていない層」が見えてきます。この分析を基に、狙うべきコミュニティを特定します。
川端 人軸での分析、非常に参考になります。実際の検証プロセスはどのように進められるんですか。
増岡 広告を使って、色々な切り口でまずは広くテストします。そうすると、どのコミュニティの反応がいいのかが見えてきます。クチコミが投稿されやすい商材だと、アテンション量を増やすことで配信期間中にUGCが増加していくんです。
そのUGCを分析すると、「この層の人がこういう切り口でクチコミを投稿している」というパターンが見えてきます。それを基に発信内容を調整していくと、狙ったUGCが増えていきます。事前に完璧な設計をするのは難しいので、検証しながら進めることが大切です。
「巨人思考」で戦略を組み立てる
増岡 顧客理解を深める中で、「何が“巨人”なのか」という視点も重要です。コミュニティという人の集合体が巨人になるケースもあれば、天気や気候といった「状況」が巨人になるケースもある。商品によって巨人は変わります。その巨人を見極めて、その肩に乗るための戦略を立てていく。これを私は「巨人思考」と呼んでいます。
川端 巨人思考、いいフレーズですね。実は増岡さんの本を読んで、自分の中の考えがさらに明確になりました。
一般的には、インフルエンサーを起用してそのフォロワーに届ける。そして次のインフルエンサー、また次のインフルエンサーという横展開の発想になりがちです。でも、本来は「どういうコミュニティで紹介されると、どういう声が生まれやすくなるのか」という視点で考えるべきなんですよね。人単位ではなく、所属しているコミュニティの枠組みで考える。増岡さんの本で「コミュニティに入り込む」という表現に触れて、この視点の本質が深く理解できました。
今回お話ししてきたKGI設定、KPIとの向き合い方、検証サイクル、UGCの増やし方、巨人の見極め。これら全てがつながっていて、継続的に実践していくためには、組織全体がこれらを理解して取り組むことが必要不可欠だとも思いました。
増岡 まさにそうですね。マーケティング担当者だけが理解していても、経営陣や営業部門が理解していなければ継続できません。
ただ、企業内の理解をどう変えていくか。ここが本当に難しいところです。例えば、CMO(最高マーケティング責任者)クラスの方々が集まるイベントでは、「成果を短期で追うな」という話がよく出ます。
しかし実際には、多くの企業で現場の担当者は短期指標を追いかけてしまっている。大企業ほど短期的な評価指標への傾注が見られ、中長期的な視点を失ってしまう傾向が見受けられます。
川端 私は特に役員やCMOの方々に、毎週のように伝え続けています。経営層が理解してトップダウンで推進していくことが、組織全体を動かす上で効果的なんだと。マーケティングは、マーケティング部門だけでやるものではありません。経営戦略の一部であり、全社で取り組むべきものだと思います。
(写真/村田和聡)
増岡宏紀(著)、日経BP、2420円(税込み)







