本連載ではここまで、価格弾力性、交差弾力性、支払意思額、参照価格、損失回避、お試し価格や販促の長期効果を扱ってきました。また、「BtoB(企業間取引)の見積額が交渉結果を左右すること」「相場がわからない場面では外的参照価格が強いアンカーになること」そして、「プロの購買担当者であってもシステム1的な判断や習慣から自由ではないこと」も見てきました。これらを知った今、ではどのように値付けをすれば、より高い利益を得ることができるのでしょうか? 蓄積された研究の知見を踏まえたBtoBプライシング全体の設計を、慶應義塾大学の星野崇宏教授と考えます。政策研究大学院大学の安田洋祐教授との連載「インフレ時代の値段のつけ方・考え方」16回目です。

個別交渉が多いBtoBこそ再現性高く収益を上げられる
「BtoBの価格は、最後は営業と購買担当の個別の交渉で決まるものだ」「したがって相手先ごとの個別要因で決まる」。だからこそ「経験と勘」が大事だと考えられてきました。多くの企業で、こうした感覚がまだ根強いのではないでしょうか。
もちろん、BtoBでは交渉が重要です。入札を除けば、リスト価格や標準見積をそのまま受け入れてもらえることのほうが少ないでしょう。顧客企業ごとに仕様が異なり、導入条件が異なり、決裁者も違えば担当者の力関係も変わります。
しかし、その経験と勘だけに頼ることこそが、BtoBプライシングを難しくしている面があります。BtoBは、BtoCに比べて研究が少ないように見えるかもしれませんが、実際にはこの数十年で多くの研究が蓄積されています。
理由は単純です。産業全体に占めるBtoBの規模が大きく、しかも価格が利益に直結するからです。1件当たりの取引金額が大きい産業では、見積もりが数%違うだけで、年間利益が数十億と大きく変わります。
多様な方法から自社に適した値付けを見つけるには?
さて、プライシングでまず考えるべきは、「誰が価格を決め、誰が価格に反応するのか」です。直接消費者に販売するDtoC(Direct to Consumer)であれば、企業が消費者に直接価格を提示し、消費者がその価格に反応します。BtoC(消費者向け)でも、小売が最終的な店頭価格を決め、消費者が購入を判断します。
BtoBtoCは事情が少し複雑で、例えば飲料メーカーや食品メーカーは、卸や小売に対する納入価格やリベートを決め、最終的に消費者が目にする価格は小売店が決めます。メーカーは自社の納入価格を決められても、消費者の目の前の価格を直接決められるとは限りません。
小売の店舗に自社商品をどれくらいで納入するかという観点で見れば、こうしたメーカーの活動もBtoBプライシングとみなせます。近年では小売ごとに納入価格を変えることもありますが、基本は店頭値引きや目立つ(ミッド・エンド)陳列をさせるために行う販促リベートはBtoBプライシングといってよいでしょう。
一方で、工作機械メーカーが消費財メーカーに機械を売る、クラウド企業が法人向けサービスを売る、部品メーカーが特定顧客向けに部材を供給する、といった取引はより典型的なBtoBです。この場合、価格に反応するのは「企業」です。ただし、企業が反応するといっても、実際に判断するのは購買担当者、現場責任者、経営者、情報システム部門、財務部門などの人間です。すでに紹介したように(第13回、第14回)BtoBだから「完全に合理的に決まる」という想定は危険です。
まず、BtoBといっても大ざっぱに見ないことが重要です。法人向けに売っているからといって、すべて同じ価格戦略でよいわけではありません。自社の製品・サービスがどの型に属するかによって、適切なプライシングのあり方、そして適切なプライングに必要なデータの取り方が変わります。
自社の商品に合う価格設定のタイプを知るための「2つの軸」
BtoBプライシングでは価格設計を分ける重要な軸として2つの軸が扱われてきました(Williamson, 1979)。1つ目は、「取引連鎖性(反復性・追加性)が強いかどうか」で、2つ目は、「顧客ごとの個別性・固有性が強いかどうか」です(図1)。個別性とは、顧客ごとの仕様、専用投資、カスタマイズの強さです。取引連鎖性とは、初回取引の後に保守、消耗品、モジュールの追加、更新契約、長期供給がどれだけ続くかです。

この分類が重要なのは、価格の決め方が大きく変わるからです。標準化されたオフィス用品やPCのようなスポット購入は、個別性も繰り返し性も比較的低く、その1回の利益が中心になるので、BtoCに近くなります(図中A)。
大型プラントや建築プロジェクトは、個別性は高いが、同じ顧客が頻繁に買い続けるわけではありません。「今後、新規顧客獲得に当たって実績作りをするため」といった意図がなければ、基本的にスポット購入と同様にBtoCに近くなります(図中B)。
ただし個別性が高いので個別見積、あるいは原価見積を踏まえたうえでの入札となります。また個別性が高いとはいえ、「どのようなものをいくらの見積もりで出して、受注できなかったか」を負けデータとして積極的に取得することが、今後の値決めに重要な意義があります。
値引きすべきか迷ったら「顧客が生む将来利益」で考える
取引連鎖性、追加購買がある場合、初回の価格だけを見て判断してはいけません。「初回に値引きしてでも獲得すべき顧客」なのか、逆に「値引きして獲得しても将来利益を生まない顧客」なのかを、顧客生涯価値、すなわちLTVで判断する必要があります。
個別性が低いクラウドや情報システムは初期導入後にモジュールの追加や保守が続くことがあります。建築用資材や鋼材などは繰り返しが多くボリュームに伴う値引き要請(第7回)で出てきた第二種価格差別もあります(図中C)。
さらに特定顧客向けの製品開発や特殊な部材供給は、個別性も繰り返し性も高くなります(図中D)。
例えば標準化されたスポット商材では、価格表を整備し、顧客セグメントごとの値引きルールを作れば、かなりの範囲を管理できます。逆に、個別性の高いプラントや大型プロジェクトでは、同じ「機械」や「システム」といっても、設置条件、導入支援、保守体制、顧客側の運用能力によって原価も価値も大きく変わります。情報システムのように初期導入後の保守やモジュールの追加などで取引が続く場合には、初期導入価格だけでなく、将来の利用拡大や離脱率まで含めて価格を設計しなければなりません。
「顧客が得る価値」で考える値付け
さて、BtoBの価格設定は、大きく2段階に分かれます。第1段階は、リスト価格や標準見積を作ることです。第2段階は、その価格からどこまで値引きや条件修正を認めるか、そしてその権限を営業にどの程度移譲するかを決めることです。1段階目を間違えれば、すべての商談が低い参照点から始まります。また2段階目を間違えれば、営業が過剰値引きで受注を取り、会社全体の利益を毀損します。
日本企業の利益率が低いのは、この1段階目をコスト志向のプライシングで行い、2段階目を「営業努力」として扱うためです。コスト志向のプライシングとは一般に原価に一定のマージンを乗せたものを価格とすることです。
コスト志向のプライシングは簡単で、我が国ではBtoCでもBtoBでもよく利用されています。ただしBtoBこそ決め方が難しい場合があります。先ほどの「個別性が高い」場合です。過去案件のコストだけ見ても、実際の導入負荷や将来の保守負荷、さらには将来のインフレ(多くの場合一定の期間、導入時に決めた金額で保守するなどと決める場合は多いですよね)を正しく見積もれないことがあるからです。
一方、顧客価値志向のプライシングは、顧客がその財やサービスにどれだけの価値を感じるか、つまり支払意思額を起点に価格を考える方法です。これは「顧客が喜ぶ価格まで下げる」という意味ではありません。むしろ逆です。顧客が本当に得ている便益を理解し、その便益に見合う価格を取るということです。
最適な価格水準を発見するための考え方
さて、顧客に与える価値を理解していれば、1段階目では多少高い価格を設定したとしても、2段階目で個別の企業ごとに“買ってくれるような”適正な価格調整ができます(図2の左)。コスト志向では往々にして低い価格設定としてしまうこと、加えて顧客に与える価値に応じて交渉できないので数量も出ず「よいものを作っても利益が出せない⇒製品開発などに投資ができない」ことになります(図2右)。

BtoBでは、実は顧客志向のプライシングがBtoCより使いやすい場面があります。なぜなら、企業の購買担当はブランドイメージなどではなく、スペック、処理速度、歩留まり改善、ランニングコスト削減、故障率低下などといった財やサービスの性質を比較的明確に評価して、価値を決めることが多いからです。
とはいえ購買担当もヒトであり、さまざまなバイアスを持ちます(第13回、第14回)。そうしたバイアスを踏まえて、交渉を進めると、より高い価格を実現することができます。
競合との価格競争に巻き込まれてはいけない
さらに競争志向のプライシングもあります。競合他社の見積や入札価格を予測して価格を決める方法です。BtoBではこの比重も大きいでしょう。特に差別化が難しい製品やサービスでは、競合価格を無視できません。ただし、競争志向だけに寄りかかると、最後は価格競争になり利益が消えます(※1)。
競合がいくらで出してくるかを考えることは重要ですが、「自社がどの顧客にどの価値を提供しているのか」を見失ってはいけません。
なお、競争志向を採る場合でも、価格リーダーの動きを見るだけでは不十分です。どの顧客がどの競合と比較しているのか、競合が本当に同じ仕様で見積もっているのか、競合の低価格が一時的な獲得戦略なのか、保守や消耗品で回収する設計なのかを見なければなりません。表面的な見積金額だけを追いかけると、相手の土俵で利益を削ることになります。
「購入のハードル」は、契約条件によるリスクと不確実性のコントロールで下げられる
BtoBには、この3つに加えて「パフォーマンス志向」の価格設定があります。これは、成果や利用実績に応じて支払額を変える方法です。レベニューシェア(事業の収益を分配する)、成果報酬、稼働率連動、コスト削減額の一部を受け取る契約などがこれに当たります。BtoCで個々の消費者とこうした契約を結ぶのは難しいですが、BtoBでは契約でリスク分担を設計できます。
買い手から見ると、新しい設備やシステムの導入にはリスクがあります。本当に期待通りの性能が出るのか、ランニングコストは想定内に収まるのか、社内で使いこなせるのか。こうした不確実性が大きいと、価格以前に導入そのものが進みません。売り手が「成果が出た分だけ支払ってください」といえるなら、買い手のリスクは下がります。その代わり、売り手は自社の提供価値に自信を持ち、成果を測定する仕組みを持たなければなりません。
この意味で、パフォーマンス志向は単なる値引きではありません。価格を下げて導入してもらうのではなく、価値が生まれた時点で適切にその利益を分け合う設計です。個別性が高く、長期契約や追加購買が見込めるBtoBほど、有効な選択肢になります。
想定の2倍以上の価格を引き出せた画期的実験
一通りのプライシングの方略を説明したところで、BtoB分野での顧客価値志向のプライシングの極めつきの事例を紹介しましょう。米国のトップ経済学者でありマーケティング研究でも素晴らしい業績を数々収めたシカゴ大学のDube教授が企業と一緒に行った例です。
求職者と潜在的な雇用者のオンラインマッチングサービスを提供する企業ZipRecruiterはDubeら研究者の指導のもと、新規法人顧客に提示する月額価格をランダムに変え、導入率や継続率(顧客維持率)を観察しました。もともとの基本価格は月額99ドルでしたが、見積依頼のタイミングでなんと19ドルから399ドルまでの10段階の価格をランダムに提示したところ、価格を大きく上げても導入率は想定ほど下がりませんでした。低価格にしたところで導入率が非常に大きくなるわけではなく、高価格にしても大きくは下落しないことや、離脱率は価格によってはあまり変わらないことがわかりました。

結果として当初想定の基本価格である月額99ドルではなく平均249ドルで売ることになり、99ドルのときに比べて利益がおよそ86%増加することとなりました。
ここから得られる教訓は、BtoBでも「安くすれば大きく売れる」とは限らないということです。むしろ、安い価格で入ってくる顧客企業ほど離脱しやすく、サポート負荷が高く、長期利益を生まない可能性があります。価格を上げることで減る顧客はそもそも後で離脱する顧客であると考えて、LTVの高い顧客を獲得しそこに注力するなら、企業全体の利益は確実に増えるということがよくわかる例でしょう。
BtoCでは顧客ごとに価格を変えて販売したら、高い価格で買ったことに後で気付いた顧客は怒り出し、また安い価格で買えた顧客は転売しかねません。見積もりを企業ごとに出せるBtoB分野だからこそ行われた画期的なフィールド実験だったわけです。
Dubé, J.-P. and Misra, S. (2023). Personalized Pricing and Consumer Welfare. Journal of Political Economy, 131(1), 131-189.
Oliver E. Williamson (1979).Transaction-Cost Economics: The Governance of Contractual Relations, Journal of Law and Economics, 22(2), 233-261.