あなたの職場では「大口顧客なら多少の値引きは容認しがち」「売り上げ基準で評価される営業担当が、値引きの裁量権を持っている」ということはありませんか? もしこうした体制ならば、実は本来得られる利益を逃しているかもしれません。慶應義塾大学の星野崇宏教授が、利益を最大化するための営業担当の評価基準や裁量のあり方を解説します。政策研究大学院大学の安田洋祐教授との連載「インフレ時代の値段のつけ方・考え方」17回目です。

第17回も慶應義塾大学の星野崇宏教授が解説(写真:尾関祐治)
第17回も慶應義塾大学の星野崇宏教授が解説(写真:尾関祐治)

長期で利益を引き出す値引き術

 前回は、BtoBの価格設定は大きく2段階に分かれると説明しました。第1段階は、リスト価格や標準見積を作ることです。第2段階は、そこからどこまで値引きや条件修正を認めるか、そしてその権限を営業にどの程度移譲するかを決めることです。前回は第1段階を中心に、コスト志向、顧客価値志向、競争志向、そしてBtoBに特徴的なパフォーマンス志向の価格設定を見てきました。今回は第2段階、すなわち値引きと営業裁量を扱います。

 この問題は、以前に本連載で扱ったBtoCの「お試し価格」や「販促」の議論と深くつながっています(第8回第9回)。BtoCでは、一時的な値下げが顧客の参照価格を下げ、価格を戻したときに売上不振を招くことがありました。

 BtoBでも同じです。初回値引き、特別価格、大口割引、年度末価格などは、その場の受注を助けます。しかし同時に、買い手企業の中に「この会社の本当の価格はこの程度である」という記憶を残します。

 したがって、BtoBの値引きは単なる営業努力ではありません。値引きは投資です。重要なのは、「その価格なら受注を取れるか」ではなく、「その顧客は、値引きしてまで受注し続ける価値があるか」です。

なぜ大口顧客との取引こそ「余分なコスト」を無視してはいけないか

 ここで必要になるのが「顧客生涯価値」、すなわちLTVの考え方です。顧客関係管理(CRM)に関するこれまでの膨大な研究は、新規顧客獲得、既存顧客維持、離脱顧客再獲得の施策を、顧客ごとの将来利益という統一的な指標で評価してきました(Gupta et al., 2006, Kumar and Reinartz, 2016)。日本企業でCRMというと、「お得意様を大切にする」「顧客情報をシステムに入れる」「営業KPIを管理する」といった意味で使われがちです。しかし本来のCRMは、顧客ごとの長期利益を計算し、その利益に応じて営業資源や販促資源を配分する考え方なのです。

 LTVというと、精密な計算や顧客データの蓄積を連想するかもしれません。ですが本当に重要なのは「その顧客にいくらで売れるか」だけではなく、「獲得・維持にかかるコストや値引き分を引いた後に、長く利益が残るかどうか」です。

 LTVは、直感が必ずしも正しくないことを教えてくれます。例えば売り上げの大きい顧客が必ずしも良い顧客とは限らないことが過去の研究でも示されています。なぜでしょうか?

 大企業の大口顧客を獲得するのは営業にとって魅力的に映ります。取引額が大きく、導入実績としても使えます。だから、直感的には「ここは大きく値引きしてでも取るべきだ」と考えたくなります。もちろん、それが正しい場合もあります。

 しかし、現実的には大企業は取引額が大きい分、獲得コストも大きくなりがちです。役員同行、何度もの提案、個別デモ、購買部門との価格交渉など、受注前から多くの人手と時間を使います。受注した後も、個別仕様への対応、追加開発、専任サポート、厳しいサービス水準、定例会、監査対応などが続きます。また競合も攻勢を仕掛けてくるでしょう。次の契約更新であっさり競合に乗り換えられてしまうということもあります。

 つまり大口顧客は、「見た目の取引額は大きくても、高い獲得コストと維持コストに加え、競合への乗り換えリスクも高いため、最後に残る利益は想像より小さくなる」ことがあるのです。

純粋な利益を増やすための3つのポイント

 一方で、中堅企業との取引はどうでしょうか。1件当たりの取引額では大企業に見劣りするかもしれません。しかし、意思決定者が少なく、提案から導入までが速く、標準機能で使ってもらいやすく、サポートも定型化しやすい場合があります。導入後に現場で使われ続け、追加IDや追加拠点、追加モジュールの利用が自然に広がります。毎年の相見積もりで関係が切れるのではなく、利用が定着するほど関係が続きやすくなります。そうであれば、営業工数や維持コストを差し引いた後に残る利益は、大企業の大口顧客より大きくなることもあるはずです。

図1 BtoBの値引き判断と毎年の利益
図1 BtoBの値引き判断と毎年の利益
(図制作=キャップス)
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 ここで重要なのが、獲得コスト・維持コスト・離脱率の3つです。要するに「取るまでにかかる手間」「続けるためにかかる手間」「続かない危険」です。LTVを高めるには、売り上げだけでなく、獲得コスト・維持コスト・離脱率をあわせて考える必要があります。なかでも重要なのが、顧客が長く継続してくれるかどうかです。

 したがって、BtoBの値引き判断は、「大企業が相手だから」「大口だから」という理由だけでは不十分です。大口顧客を否定する必要はありませんが、問うべきは「大きく売れるか」ではなく「純粋な利益が残るか」なのです。

無益な安売り競争に潜む「評価指標の失敗」とは?

 さて、当たり前のことと思われるかもしれませんが、LTVを実務で使うときには、営業の評価を売り上げではなく利益で見ることから始めるべきです。例えば原価100万円の商品を、薄利多売で110万円で10件売れば売り上げは1,100万円となり、利益は100万円です。一方、120万円で7件売れば売り上げは840万円に下がりますが、利益は140万円です。

 この場合、「良い営業」はどちらでしょうか? もし1件当たりの営業コスト(=獲得コスト)が同じ5万円なら、利益は50万円と105万円で約2倍の差が開きます。加えて前者の顧客より後者の顧客のほうが継続率・追加購買率が高いなら、LTVでは差がさらに広がります。

 裏を返せば、営業の評価指標を利益ではなく売上数量や受注件数に置いたまま、営業に大きな価格裁量権を与えると、安売りが起こってしまいます。これは営業担当者が悪いのではなく、与えられた制度のもとで合理的に動いているためです。「売り上げで評価されるなら売り上げを取りにいく」「新規獲得件数で評価されるなら新規件数を取りにいく」「短期粗利で評価されるなら長期維持を犠牲にする」という動機が働きます。経営が変えるべきなのは、営業担当者がどれだけ足で稼いだかといった精神論ではなく、評価指標と裁量の設計です。

営業の経済学で読み解く経営陣と営業担当のジレンマ

 この問題は経済学では「プリンシパル・エージェント問題」として知られています。依頼人(プリンシパル)が実行者(エージェント)に仕事を依頼する場合、実行者側は依頼人より詳しい情報を持ち、さまざまな行動がとれます。その状況で実行者が自らの利益を重視することで、依頼人の利益を損なう行動をとるという問題です。

 この現象がよく見られるのは、例えば株式会社です。株価や配当を最大化してほしい株主(プリンシパル)に対して、経営陣(エージェント)は任期内のボーナスを最大化したいと考え、将来の投資を削り、短期的利益を優先するというような状況です。同様の問題は、経営陣(プリンシパル)と営業(エージェント)でも起こり得ます。

 この観点に立つと、営業への価格決定権限の委譲、すなわち「どこまで値引きや条件修正を認めるか、そしてその権限を営業にどの程度移譲するか」は、営業の経済学において非常に重要な問題であることは明らかです。

 営業に大きな裁量を与えれば、顧客の予算感、意思決定プロセス、競合状況、支払意思額に近い情報を活用できます。しかし、売り上げが評価指標であるならば、営業には値引きをしてでも売り上げを上げるインセンティブが働き、安売りが進みます。一方で本部が価格を完全に固定すれば、営業は過剰値引きをできません。顧客ごとの事情を価格に反映できず、取れるはずの案件を落とすかもしれません。

 重要なのは、営業に一律の価格裁量権を与えることではありません。どの営業に、どの顧客や商材について、どこまでの裁量権を認めるかを設計することです。マーケティング・経営学分野ではこの話題がとても重視されており、営業決定権限に関する膨大な研究が蓄積されています。

報酬制度の変更は組織のパフォーマンスも向上させる

 Homburg, Jensen and Hahn(2012)は、企業の財務データと調査を用いて、価格決定権限の垂直的な委譲、つまり「営業にどの程度価格決定権を渡すか」と「企業利益率の関係」を分析しました。そこで示された重要な含意は、裁量は単純に多ければよいわけではないということです。価格決定権限の高さと企業利益率の関係は右肩上がりではなく、逆U字型になります。どこかに最適な水準があるはずですが、裁量が小さすぎても利益は伸びず、大きすぎても利益は落ちてしまいます。

 さらにLo et al.(2016)の産業用機器分野の研究は、価格決定の裁量と報酬の関係を考えるうえで重要です。営業は顧客の支払意思額や競合状況を本部より知っていることがありますが、その情報を会社全体の利益のために使うのか、自分の受注確率を上げるために使うのかは、報酬制度によって変わります。コミッション率(給与に占める達成インセンティブの割合)、営業担当者の能力、顧客知識が高いほど、価格変更権限を広げる余地は大きくなることがわかっています。

 最近の研究では、営業担当者の価格決定の裁量を、実際の取引データだけでなく、実際に価格裁量権を変更させるという大がかりなフィールド実験で評価したものすらあります。例えば建築資材メーカーの50万件にもわたる取引データを用いた研究では、営業担当者の裁量を広げると利益貢献が高まる一方、その関係にはやはり最適値があることが示されています(Sharma et al., 2025)。

 興味深いのは、顧客担当年数が長い営業ほど、価格決定の裁量を広げると業績が向上するということです。長く担当している営業は、顧客の決裁構造、予算感、どこまでなら受け入れられるかを把握しています。つまり裁量を生かすための情報を持っているのです。一方で、こうした顧客知識や長期的な利益への貢献を報酬制度に反映しないと、先ほどのプリンシパル・エージェント問題が起きるというわけです。

図2 権限移譲の程度と企業利益の関係
図2 権限移譲の程度と企業利益の関係
(図制作=キャップス)
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 また、営業同士の横のつながりも重要です。自分の担当顧客だけでなく、似た業種や規模の顧客ではどの価格が通るのか、どの条件なら競合に勝てるのかを共有できる組織では、裁量の効果が高まります。営業個人の勘に任せるのではなく、報酬への反映を通じて現場の知識を組織知に変えられるのです。

営業担当者にどこまでの裁量を与えるべきか?

 それでは、これらの知見を実務にどう生かせばよいでしょうか。繰り返しになりますが、重要なのは営業への価格決定の裁量を「与えるか、与えないか」の二択で考えないことです。研究でも、価格権限の委譲は大きければ大きいほどよいわけではなく、一定の範囲で効果を発揮することが示されています。また、BtoBでは営業担当者が顧客の事情や競合状況を最もよく知っている場合があり、その情報を価格交渉に生かす余地があります。

 したがって、価格裁量権は一律ではなく、商材、顧客、営業担当者の経験、値引きの大きさに応じて段階的に設計するのが自然です。例えば、軽微な値引きは営業がその場で判断できるようにする。一方で、一定以上の値引きはマネジャーの承認を必要にする。さらに、将来の価格水準や他顧客への波及が大きい案件は、本部への承認を求める。このように、自由裁量と統制を組み合わせることで、営業現場の顧客情報を生かしながら、過剰な値引きや場当たり的な価格判断を防ぐことができます。

 標準化されたスポット商材では、顧客ごとの違いが小さいため、営業の自由裁量は狭くてもよいでしょう。反対に、特定顧客向けの継続供給や、導入後の追加購買が大きい商材では、顧客の事情をよく知る営業に一定の裁量を与える意味があります。

 ただし、その場合でも、値引き理由と将来利益をセットで確認する必要があります。「この値引きで受注できるか」だけでなく、「この値引きは長期的に利益を生むのか」を説明できるようにすることが、BtoBプライシングでは欠かせません。

営業に安易な「値引き癖」をつけさせないために

 ここで気をつけるべきは、値引きを「例外」として処理し続けないことです。例外処理が積み重なると、実質的な価格戦略は営業担当者ごとの値引き癖になります。したがって、値引きには必ず理由をつける必要があります。導入支援のためなのか、数量条件のためなのか、契約期間のためなのか、競合対抗のためなのか、実績作りのためなのか。理由が異なれば、将来の価格の戻しやすさも異なります。

 以前扱った参照価格の観点(第8回第13回)からも、この点も重要な問題であることがわかります。初回値引きを単に「安くします」と提示すると、それが顧客の参照価格になります。しかし、「3カ月の導入支援期間に限る」「初期設定費を今回のみ免除する」「1年契約ではなく3年契約を条件にする」といった理由と期限を明確にすれば、値引きは恒常的な価格ではなく、条件付きの投資として認識されやすくなります。

 また、値引きだけを交渉手段にしないことも重要です。BtoBでは、コア製品、保守、消耗品、追加モジュール、データ利用、導入支援をどのように組み合わせるかで、顧客の支払意思額は変わります。

 安田教授が身近な喫茶店のセット割引を解説した回(第3回)で価格バンドリングを説明していますが、実は価格バンドリングはBtoBととても相性が良いのです。次回、BtoB価格バンドリングと、その反対の価格分割効果について紹介します。

【参考文献】
Gupta, S., Hanssens, D., Hardie, B., Kahn, W., Kumar, V., Lin, N., Ravishanker, N. and Sriram, S. (2006). Modeling Customer Lifetime Value. Journal of Service Research, 9(2), 139-155.
Kumar, V. and Reinartz, W. (2016). Creating Enduring Customer Value. Journal of Marketing, 80(6), 36-68.
Homburg, C., Jensen, O. and Hahn, A. (2012). How to Organize Pricing? Vertical Delegation and Horizontal Dispersion of Pricing Authority. Journal of Marketing, 76(5), 49-69.
Lo, D., Dessein, W., Ghosh, M. and Lafontaine, F. (2016). Price Delegation and Performance Pay: Evidence from Industrial Sales Forces. Journal of Law, Economics, and Organization, 32(3), 508-544.
Sharma, A., Sharma, T. K., Schrock, W. A. and Jones, E. (2025). Salesperson Pricing Discretion: Exploring the Contingent Effects and Customer Outcomes. Journal of the Academy of Marketing Science, 53(6), 1550-1571.
Stremersch, S. and Tellis, G. J. (2002). Strategic Bundling of Products and Prices: A New Synthesis for Marketing. Journal of Marketing, 66(1), 55-72.

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