その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は小林直樹さんの『 ネット炎上事例300 なぜ企業や個人は失敗を繰り返すのか? 』です。
【はじめに】
ネット炎上をテーマとする書籍の執筆は、2015年以来、10年ぶりになります(前作は「『ネット炎上対策の教科書』2015年)。この10年間は、「データの見方、読み解き方」に関する本を2冊(『「人気No.1」にダマされないための本』2023年、『だから数字にダマされる』2016年)出していたので、久々に「炎上」畑に戻ってきた格好です。
もちろん、炎上ウォッチそのものは続けていたわけですが、近年の炎上事例を改めて振り返ってみると、「だいぶ変わった」点と、「何も変わっていない」点が混在しているのが興味深いところです。
増加の一途から一転、減少したネット炎上件数
まず「変化」について。興味深いデータが、風評被害対策のシエンプレ(東京・港)から公表されています。シエンプレ内のシンクタンク機能である「デジタル・クライシス総合研究所」が2025年1月に発行した「デジタル・クライシス白書2025」によると、2024年に発生したネット炎上の年間件数は、前年比(2023年比)で22.6%減と、大幅に減少した、ということです。
基本的に右肩上がりで推移してきたネット炎上件数は、新型コロナウイルス禍で在宅時間が長くなったことを受けて一段と増加していました。それが2021年をピークに頭打ちになり、24年は大幅に減少したという流れです。
しかしながら、「うん、確かに減ったよね」と思う人はあまり多くはないはずです。筆者も「えっ、本当に?」と驚きました。
炎上件数の減少で、炎上リスクがいくらか減ったのであれば、それは企業にとっても個人にとっても、SNSを利用する身としては朗報です。
では、「炎上件数減少=炎上リスク軽減」と捉えてよいのかというと、残念ながらそうはなりません。
デジタル・クライシス総合研究所 主席研究員の桑江令さんが、そのカラクリを教えてくれました。
まず、炎上件数の内訳を見ると、減少したのは「個人」の炎上で、これが2024年5月を境に減っています。この頃、有名インフルエンサーの滝沢ガレソ氏が、アーティスト星野源の不倫疑惑を投稿して、所属事務所のアミューズが完全否定する“事件”がありました(同年9月に臆測投稿を削除し謝罪で決着)。
この一件をきっかけに、ガレソXアカウントの運用が保守的に(おとなしく)なり、お得意の素人イジリ・さらしが減りました。ガレソ的な投稿をしていた他アカウントがそれに倣ったことも影響しています。
したがって、「企業」の炎上については横ばいで特に変化はありません。いや、むしろリスクは高まっています。その理由として桑江さんが挙げるのが、Xの仕様変更です。
2023年から24年にかけて、ネット炎上の拡散装置になっているXにおいて、ポスト(投稿)のインプレッション数(投稿の表示回数)に応じて投稿者に広告収入が配分されるようになったことで、インプレッション数稼ぎの「インプレゾンビ」と呼ばれるアカウントが乱立しました。さらに、「おすすめ」欄に表示されるアルゴリズムの変更で、フォロワー数が100にも満たない一般人の小規模アカウントの投稿でも、おすすめ欄に表示されるようになり、場合によっては数千万単位のインプレッション数を弾き出すようになりました。
これが本書の表紙帯に記した、「誰もが『万バズ』する時代」の到来です。つまり炎上件数は減少傾向でも、炎上1件当たりの規模、インパクトは以前にも増して大きくなっているのです。
ちなみに、東洋水産(マルちゃん)のXアカウントが2025年2月6日に投稿した「赤いきつねうどん」動画のインプレッション数は、2億2000万回に達しています。
これによって、炎上の情報流通も変わってきました。かつては、炎上の火種を「J-CASTニュース」などの“ミドルメディア”が見つけて記事化することで世に知られる流れでした。その後、インフルエンサーが力を持つことで、インフルエンサーへのタレコミが効力を持つようになり、そして今はインパクトのあるネタであれば弱小アカウントであっても当人発の投稿が日の目を見るようになりました。
企業アカウントの運用側にとっては、いつ何時、“拡散爆弾”を抱えた個人Xが突撃してくるやもしれぬ、シビアな時代を迎えています。
以上は、Xのアルゴリズム変更がもたらした変化です。炎上の起こりやすさの要因はもちろん、それだけではありません。
社会における「分断」は一段と加速しているように見えます。政治的なスタンスが保守寄りか、リベラル寄りかであれば、まだ落としどころはあるでしょう。いま起きている分断は、兵庫県における斎藤元彦知事の支持派vs.アンチ斎藤派のように、どこまでいっても交わりそうにない分断です。国の財政はどうあるべきか? 積極財政派と緊縮財政派の分断も交錯する点が見えません。
他国に手本を求めようにも、米国社会が分断の際たる国になっているのが現状です。さまざまな論点で相いれない者同士が共存している状態は、非常に着火しやすい、“可燃性”が高い環境と言えるでしょう。
もう1つ、国内でもこの10年でコンプライアンス順守、ならびに多様性(ダイバーシティ)、公平性(エクイティ)、包括性(インクルージョン)の意識はだいぶ進展、浸透しました。例えば性的な広告(エロ広告)はほとんど見られなくなりました。
しかしながら変化が起きているときには、「まだ遅れている」と旗を振る人と、「昔は良かった」と回顧する人の間に大きな分断が生じています。2023年暮れの松本人志騒動から、現在のフジテレビ騒動を巡る議論を見ても、両者の分断、溝は広がりこそすれ埋まる気配は一向に見えません。そんな中、米国はトランプ政権への移行で「反DE&I」に転じています。
様々な価値観がぶつかり合う、混沌とした時代を迎えました。そんな中で、企業の広告・SNS担当者は、企業の看板を背負って発信を続ける必要があります。
最後に「変わらないこと」を1つ。
炎上の引き金になるのは、ほとんどの場合、喜怒哀楽の「怒」の感情です。人気のSNSや投稿端末、コンテンツ形態(テキストか画像か動画か)、そして情報モラルも時代によって変化しますが、「何をされるとカチンとくるか?」──、「怒」の感情をもたらすものはほとんど変わりません。そのため、10年前と同じパターンの炎上が繰り返されています。
企業の広告・SNS担当者はもちろんのこと、一般SNSユーザーも、炎上が頻発している折、利用しながらも一抹の不安があるかと思います。
ガイドラインの策定やSNS研修なども用意はされています。が、安全運転の教則本における「スピードを出し過ぎない」のように、当たり前に感じる内容が多いでしょう。
自動車の運転でも、免許証交付の待ち時間に見る事故シーンのビデオは、身につまされるだけでなく、事故頻出パターンとしての学びを得られます。炎上も実例に学ぶのが最も効果的なのではないか。そうした考えから本書は企画されました。特に免許も不要で利用できるSNSですが、炎上事故は心に大きな傷を負う場合があります。本書がネット利用者の教則本としてお役に立てれば幸いです。
2025年4月21日
日経BP 日経クロストレンド編集部
小林 直樹
【目次】





