その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はミッチェル・ピーターマン、シルパ・カナン(著)、露久保由美子(訳)、及部智仁(監訳)の『 みんなのスタートアップスタジオ 連続的に新規事業を生み出す「究極の仕掛け」 』です。

【日本語版序文】

 本書のタイトルにもなっている「スタートアップスタジオ」という名称を聞いたことがない人でも、「モデルナ(Moderna)」の名を知らない人はほとんどいないと思う。モデルナは、米国マサチューセッツ州ケンブリッジに本社を置くバイオテクノロジーベンチャーだ。メッセンジャーRNAに基づく創薬、医薬品・ワクチン開発に取り組み、同社製の新型コロナウイルスのワクチンは日本でも広く接種された。
 このモデルナは、ヌーバー・アフェヤン氏が2000年に立ち上げたフラッグシップ・パイオニアリングというバイオテクノロジーに特化したベンチャーを連続的に生み出すスタートアップスタジオから誕生している。フラッグシップはバイオベンチャーを生み出すために、ボストン近郊の大学の研究者や外部の科学者たちと共創できるプラットフォームを自社内のラボに構築している。
 この共創プラットフォームを活用して、実現したら大きなブレイクスルーにつながる次世代のバイオテクノロジーを連続的に生み出すために数多くの実験をしている。これまでに96社以上のバイオ系のスタートアップを立ち上げ、過去10年で25社を上場させている。同時並行で、自ら立ち上げたスタートアップに投資を行うために9本のファンドを組成しており、その運用総額は65億ドルにのぼる。

スタートアップ界に巻き起こるスタートアップスタジオ旋風

 冒頭からいきなりフラッグシップ・パイオニアリングの紹介になってしまったが、そもそもスタートアップスタジオとは何なのだろうか。
 私が監修・解説を担当した『 STARTUP STUDIO 連続してイノベーションを生む「ハリウッド型プロ集団」 』(アッティラ・シゲティ著、日経BP、2017年)によると、「(スタジオは)同時多発的に複数の企業を立ち上げる組織であり、起業家やイノベーターが新しいコンセプトを次々に打ち出すうえで理想的な場を提供する組織」と定義している。
 このスタートアップスタジオが今、スタートアップ界に旋風を巻き起こしている。スタジオの代表格であるベータワークス、サイエンス、eFoundersなどを筆頭に、ヌーバー・アフェヤン氏も提唱する「パラレル・アントレプレナーシップ(連続的かつ同時多発的に新事業を創造し、再現性を追求していく)」という新しい起業モデルは世界各地で受け入れられた。GSSN(Global Startup Studio Network)の報告によると、世界各地で活動するスタジオは710社以上(2023年3月時点)で、その数は2013年から625パーセント増加した。そして、Hims、Snowflake、MongoDBといった数々のユニコーンを生み出している。一つのチームが一つのアイデアに取り組む従来の起業とは異なり、スタジオは才能ある起業家、ベンチャーアーキテクト、プロダクトマネジャー、デザイナー、エンジニア、グロースマーケッターやPRプランナー、投資家、バックオフィスなどを集め、スケールアップして成功するスタートアップを繰り返し生み出す。
 もともとスタートアップスタジオは、起業の生態系が未成熟な欧州や米国西海岸以外の地方で設立されることが多かったが、最近ではサンフランシスコにも新しいスタートアップスタジオが増えている。著名なAtomicや新進気鋭のUP.Labsなどはシリコンバレーにも進出し、スタンフォード大学などの優秀な学生の起業家候補を招き入れ、新事業創出に向けて活動を活発化している。スタジオモデルは世界各地へ伝播しており、その呼び名はスタートアップスタジオのほか、「ベンチャースタジオ」「ベンチャービルダー」「ベンチャーラボ」「スタートアップファクトリー」「カンパニークリエーション」「ベンチャークリエーション型VC(ベンチャーキャピタル)」などさまざまだ。
 最近では、VCやアクセラレーターとの境界線があいまいになり、特に投資家側にいたVC自体がスタートアップを自ら生み出していく起業活動も活発化している。先のフラッグシップやサードロックベンチャーズが実践するベンチャー・クリエーション型VCと呼ばれるモデルは、ディープテック、ライフサイエンス、大学発スタートアップを支援するVCの中でさらに普及していくと考えられる。
 また、海外では、大手企業の新事業創造の専門部隊としてスタートアップスタジオの実装が進んでいる。P&Gが母体のP&G Ventures、保険会社であるAXAのKamet Ventures、サムスンのC-Lab、ボストンコンサルティングのBCGDVなど企業が運営母体となって経営するスタジオも増加しており、大手企業のイノベーションを推進する出島組織として期待されている。国内では三井物産のMoon Creative Lab、日本特殊陶業のVenture Lab、そして博報堂が母体で私が代表取締役を勤めるquantumなどがある。

入手困難なベールに包まれたスタジオ経営のノウハウを提供

 日本国内に視点を変えると、スタートアップスタジオは認知度が低く、実践するプレイヤーも少ない中で手探りの状況が続いている。その理由は、海外のスタジオ・コミュニティー自体が村社会かつベールに包まれているため、スタジオ経営のノウハウを入手するのが難しいことが主な要因ではないかと私は考えていた。
 ミッチェル・ピーターマンとシルパ・カナンが執筆した本書は、まさにスタジオ経営のリアルなノウハウを入手するのが難しいという課題を解決する貴重なリソースを読者に提供してくれる。
 本書は、著者2人がスタンフォード大学大学院の在籍期間中に立ち上げたアカデミック・プロジェクトをベースにしている。原書タイトルは「Venture Studios Demystified」。“Demystified”とは「神秘のベールを剥ぐ」という意味で、徹底的なリサーチとインタビューでスタジオ経営の深層部まで切り込んでいる。
 シリコンバレーを中心とする起業生態系の中でスタートアップスタジオは今や注目の的だが、そもそもどんな仕組みなのか、従来のVCとどう違うのか、どうすれば設立できるのか、経済的に持続可能なのか、などについて理解している人は多くないという問題意識から2人のプロジェクトはスタートしている。
 2人はアカデミアという特権的な立ち位置で「謎めいたスタートアップスタジオのベール」を剥ぐために、Expa、High Alpha、Pioneer Square Labsといった有名なスタジオリーダー20人に詳細なインタビューを敢行した。それらを題材に、スタジオの歴史や仕組みを丁寧に解き明かし、その戦略について明瞭に分析したほか、スタジオの財務パフォーマンスに影響を与える構造的、運営的、財務的要因をあぶり出した。そして最後に、スタジオ業界の実績と将来の展望を評価し、VCなどの他のアセットクラスと比較して、このモデルがどのような位置づけにあるのかを考察した。スタートアップスタジオの全貌を明らかにする非常に価値のある本としてまとめられている。

想定する日本の読者層について

 日本においてスタートアップスタジオとその役割を理解することは、スタートアップのエコシステムで活動するすべての人にとって不可欠だ。本書は、この分野のパイオニアへの徹底的なリサーチとインタビューに基づき、次の四つの読者層に貴重で珍しいリソースを提供してくれる。

①スタートアップスタジオを活用して起業を考える起業家候補や客員起業家(EIR)
 本書ではスタジオの経営実態が赤裸々に語られており、スタジオの経営陣がいかに厳しい経営を遂行しているか、スタッフが何を求めているか、スタジオの構造がどうなっているのかを深く理解できる。起業家やEIRが本書を読めば、いつ、どのようにスタジオを活用すべきかを理解しやすくなるだろう。

②スタートアップスタジオの組成を計画している人、大企業の新規事業のリーダーとして出島組織や社内起業の事務局を立ち上げようとしている人
 本書を読むことで、連続的にスタートアップを生み出すための組織のメカニズムが深く理解できる。同時に、本書は事業計画の視点から、構造的、運営的、財務的要因について意思決定しなければならない検討フレームを提示している。特に、スピンアウトやカーブアウトを生み出す出島組織の運営者や大手企業を母体にしたスタートアップスタジオの実装を計画している人にとって、非常に価値のあるファイナンスモデル(マクロで組まれたエクセルデータで入手可能)を提供している。

③VCや機関投資家
 本書は、急速に変化するこの業界に関する疑問を解決し、猜疑心を弱める出発点になる。投資家にとって、スタジオとその役割を理解することで、共同出資や連携先のパートナーとしてスタジオを認識できるようになるはずだ。特に今後、ベンチャー・クリエーション型VCと呼ばれるモデルの採用を考える人にとっては、スタジオ組成のためのリアルな検討フレームとデータを入手できるだろう。

④大学や政府・自治体関係で大学発スタートアップを推進するリーダー
 本書に記載されているスタートアップスタジオのモデルを援用することで、研究者と起業家人材をマッチングさせ共同創業へと導くアカデミア・アントレプレナーのプログラムを構築することに役立つだろう。

 これらの読者層以外にも、最新の新規事業創造やイノベーションの方法を追求する多くのビジネスパーソンに手に取ってほしい。

 起業・社内起業・アカデミア起業という選択肢が当たり前の社会になるために、本書が少しでも貢献できることを願っている。前置きはこれくらいにして、早速スタートアップスタジオの世界にディープダイブしよう!

及部 智仁
株式会社quantum 代表取締役社長 共同CEO
東京工業大学 イノベーションデザイン機構 特任教授


【はじめに】

 私たちはスタートアップスタジオに魅せられている。謎の多い起業術を規格化されたプロセスの中に落とし込むのは不可能だ、と思う人もいるかもしれない。間違っていると感じる人もいるだろう。起業は生やさしいものではない。スタートアップの9割は失敗する。一生に一度のアイデアで金を掘り当てたとしたら、その創業者は運がいい。そんな話をみなさんも聞いたことがあるはずだ。
 では、スタートアップを成功させるのがそれほど難しいのなら、一つのスタジオ、一つのチームがそれを何度も達成できるものだろうか。当然のことながら多くの人が懐疑的になる。スタートアップスタジオで働いている間に、私たちはその内幕をのぞき、スタジオが離れ業を成し遂げる様子を目にすることができた。だが、まだいくつか大きな疑問が残っている。

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 スタートアップスタジオについて話を聞けば聞くほど、これと同じ疑問を多くの人が抱いていることがわかった。この業界はまだ新しく、業界内の人でさえ、これらの問いのすべてに答えることはできない。そこで私たちは、この三つの疑問を解消すべく、スタンフォード大学ビジネススクールで調査プロジェクトを開始した。本書はその成果をまとめたものである。
 本書の目的は、周知の事柄を焼き直して語ることではなく、スタジオの現状に関するこれまでの情報を増強することにある。そのため、随所で参考文献に言及している。この分野に精通していない読者には、まずはGSSN(グローバル・スタートアップスタジオ・ネットワーク)が発行するホワイトペーパー「The Rise of Startup Studios[訳注*以下を参照。https://www.gan.co/wp-content/uploads/2020/03/The-Rise-of-Startup-Studios-White-Paper.pdf」や「Disrupting the Venture Landscape[訳注* https://www.gan.co/wp-content/uploads/GSSN_StudioCapitalEfficiency_whitepaper.pdf」などから読んでみることをお勧めしたい。

調査方法

 私たちは、新規スタジオの創業者が直面する課題を理解するために、創業したばかりの小さなスタートアップスタジオを含む19のスタジオのリーダーに聞き取りを行った。また、多くの投資先企業(ポートフォリオ)を抱え、高い資本力を有し、業界をリードするスタジオにも取材を敢行した。これらのサンプルにスタートアップスタジオ業界全体の様相が色濃く反映されているものと考えている。本書では、設立年や所在地の異なるさまざまなスタジオに話を聞いて、ベンチャー創出についての多様な視点と手法を読者のみなさんに提示することを目指した。対象としたスタジオの内訳は次の通りだ。

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 また、スタジオに関して、次のようなさまざまな分野のデータを集めた。

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 本書の分析では、既存の企業内で運営されているスタートアップスタジオは含めず、親会社と直接または独占的な関係を持たない独立系スタジオに的を絞った。スタジオはテック企業に注力しているところがほとんどなので、意図的にテック系のスタートアップスタジオに対象を絞っている。そのため今回の調査結果は、たとえばヘルスケアなど、主にテック系以外のスタートアップを立ち上げるスタジオには当てはまらないかもしれない。
 また本書では、インタビューなどの定性的情報に加え、経営・財務のサンプルとなるモデルを作成し、そうした変動要素や経営上の決定がスタジオのキャッシュフローやリターンにどう影響するのかのアウトラインを説明している。スタートアップスタジオを「動かす」原動力や、スタジオと協働したりスタジオに投資したりする際に検討すべき取り組みについて、より明確にするためだ。さまざまな決定がスタジオの業績にどう影響するか、このサンプルモデルを使って探ってみてほしい。

本書の構成

 読者の中には、スタートアップスタジオにあまりなじみのない人もいるかもしれないので、まずは背景説明から始めたい。「Part 1」では、スタジオとは何か、アクセラレーターやインキュベーターといった既存のビジネスモデルとどう違うのかを説明する。「Part 2」では、スタジオ設立までの最も一般的な道筋や、戦略の傾向、アイデア創出のプロセスなど、業界レベルの基礎知識について解説する。
 そしていよいよ、私たちの最初の疑問である「スタジオを設計・運営する最良の方法とは何か」の追求に進む。「Part 3」では、スタジオの創業者が必ず迫られる重要な意思決定について見ていく。経営・財務上の鍵となる意思決定ポイントに焦点を当てるつもりだが、カバーしきれない項目もあるかもしれない。私たちが作成した財務モデルの詳細をもとに、こうした決定がもたらす影響について見ていく。
 続いて、「スタジオはなぜ財務的に成り立つのか」という第二の疑問に移る。「Part 4」では、私たちの財務モデルを掘り下げ、スタジオがパートナーや投資家にどのようにして利益を生み出すかを見ていく。そして締めくくりに、最後の問いである「スタジオは業界全体でどの程度の成功を収めているのか」を取り上げる。これについては、私たちのモデルをもとにした現実的なスタートアップスタジオの事例と、平均的なベンチャーキャピタルのリターンとを比較しながら、その疑問に答える。最後の「Part 5」では、三つの問いへの答えをまとめる。そして、ここで学んだことを総括し、さまざまなステークホルダーへの影響について議論する。
 このように、本書ではかなりの量の情報を紹介することになる。そこで、読者の助けとなるように、重要ポイントをまとめた「セクションの概要」を各セクションの冒頭で示し、それから解説に移る構成にしてある。
 調査には万全を心がけたが、今後、課題として検討すべき項目もいくつかある。まず、スタートアップスタジオのリターンについてはデータが限られていて、成功したスタジオのデータしか反映されていない面がある。この業界自体がまだ新しく、失敗したスタジオに関する一貫したリターンデータがないからだ。そのため、アイデアを生み出す過程のどこが成功につながるのかといった疑問や、アセットクラスの実際のリターン・プロファイルについての疑問に、完全には答えることができない。さらに、私たちのサンプルは米国に偏っている。そのため、調査結果を世界中のケースに当てはめるには、当然のことながら限界がある。スタジオのリターンに関する確固としたデータに基づくさらなる調査が、残る疑問の解決につながるはずだ。
 本書を読んで、私たちとのコラボレーションを希望する人、追加で質問がある人は、〈mitchelpeterman@gmail.com〉または〈hello@shilpakannan.com〉にメッセージを送ってほしい。この本がスタートアップスタジオに関するみなさんの切実な疑問への答えになることを願っている。

【目次】

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