その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は鈴木智之さん、須古勝志さんの『 部下のポテンシャルに疑問を持ったら読む本 高業績者が持つダーク・パワーの秘密 』です。
【はじめに】
職場には反社会的な行動をとる人がいます。
ここで反社会的な行動をとる人とは、周囲との協調を拒み、誰に対しても文句があって悪口ばかりを言い、揉め事を起こしたがる人のことを指しています。また、仕事の遂行や顧客の笑顔よりも、自分勝手な都合を優先し、仕事を途中で放棄し、後始末に皆が困る、という人も含まれます。
恩を仇で返す人。自分が特別扱いされないと不機嫌になる人。嘘をついて問題を隠蔽する人。自分の出世のために周りを蹴落とすことに躍起になっている人。部下の気持ちを考えず、限界まで追い込む上司……。枚挙にいとまがありません。
反社会的行動とは、これらの例のように、社会で望ましいとされる行動とは逆方向の行動を指します。
私は、経営場面における人間行動に関する博士学位を有する研究者です。人材の採用選抜と育成を専門にして、大学院で研究・教育活動を行っています。学術研究と経営実践を融合するという立ち位置をとり、現に生じている企業の問題解決に資する研究活動を行っています。
研究のこれまでの長い歴史から考えると、職場にいる反社会的な行動をとる人でも、向社会的な行動、つまり組織のためになる行動をとることもあり、ときには、そのような人が高業績をあげてリーダーとして組織のトップになったりもします。リーダーの「清濁」とも言える、この職場の妙。これをどのように理解すればよいのかわからなかった人も多いはずです。
本書は、そのようなビジネス場面における人間のネガティブとポジティブ両面での深みを、先端的な学術研究と実際の日本企業の事例をもとに解説します。本書が解説するのは「ダーク・トライアド」という世界的な理論です。
ビジネス場面に特化して、ダーク・トライアドの向社会的な面について、科学研究と経営実践の両方の視点で解説した書籍は、わが国ではおそらく本書が初めてのものになると思います。
■世界的理論のダーク・トライアドとは何か
反社会的な行動をとる人は「ダーク・トライアド」という、世界的な注目を集めている性格特性によって、その原因をある程度説明できることが今世紀に入ってからわかってきました。
ダーク・トライアドとは、3つの性格特性を指すものです。3つの性格特性が高い人をごく簡単に説明します。
嘘をついてでも自分の勢力・権力を拡大しようとする人。
自己愛傾向が強く、自分は他人とは違う特別な存在だと信じる人。
感情的反応が少なく、自分の欲求充足にしか興味がなくて衝動的な人。
それぞれ順にマキャベリアン、ナルシシスト、サイコパスと、性格特性に関する研究では呼称される人々です。性格特性として、順にマキャベリアニズム、ナルシシズム、サイコパシー傾向と呼称されます。
なお、ナルシシストとサイコパスについては、パーソナリティ障害と区別するため、自己愛傾向が高い人、サイコパシー傾向が高い人と呼称されることもあります。
これらの人々は、反社会的な人々の代表例としてこれまで主に扱われてきました。実際にダーク・トライアドの「ダーク」部分の和訳として、「悪の」などがあてられた文献も存在します。この理解は、その当時のものとしては特段問題ではなかったと思います。
■「ダーク・パワー」の持つ意外な側面
しかし、近年になってからの欧米における先端的研究は、そう事は単純ではないという、人間の深みを解き明かし始めています。
ビジネス場面において、マキャベリアニズムの高い人は、たしかに、嘘をついて、データを捏造することを厭わずに、自分の業績をアピールするという反社会的な面を持ちます。
しかし、自分の影響範囲の拡大に極めて高い動機を有するという面があり、きっかけがあればそれが反社会的ではなく、向社会的に働くことがあって、マキャベリアニズムの高い人ほど、職場でリーダーに就きやすいという実証研究もあるほどです。
ナルシシズムの高い人は、たしかに、自分だけが特別だという意識が強く、周囲からの助言を遮断して暴走するという反社会的な面を持ちます。
しかし、自分に極めて高い達成目標を課して、それに向けて突き進むという面もあり、きっかけがあれば望ましい行動が発現されることもあります。実際に、ナルシシズムの高い人ほど、職場で高い給与を得られるという実証研究もあります。
サイコパシー傾向の高い人は、たしかに、他者の感情に疎く、自分の欲求充足のために衝動的に行動するという反社会的な面を持ちます。
しかし、感情に左右されずに、合理性が強く求められるような仕事ではサイコパシー傾向の持つ冷静さがうまく働くことがあり、サイコパシー傾向の高い人の存在比率は経営層ほど高いというデータもあります。
つまり、反社会性を生む強烈なパワーが何かのきっかけによって向社会性へのパワーになることもあるということです。本書はこれをわかりやすく「ダーク・パワー」と呼んでいます。
「ダーク」という言葉が悪いものを一律に指すものではないことに留意してください。元々、ダーク・ヒーローなどの言葉もあります。辞書を見ても、ダークにはネガティブな意味だけがあるわけではありません。
私が分析した例でも、当初用いた比較的小規模のサンプルデータでは、ダーク・トライアドの一部の特性が若者の望ましくない早期退職に影響していることが示されましたが、その後、さまざまな属性を対象にしてサンプルが大規模で多様になるにつれて、ダーク・トライアドの高い人全員が必ずしも望ましくない早期退職をしていたわけではなく、いくつかの条件の下では、組織内で向社会的行動を示すこともわかってきました。
完璧な人間などいません。人間には誰しもネガティブな面があります。大事なのはその活かし方です。世界の最新研究は、ビジネス場面でのこういった人間の深みを解き明かし始めているのです。日本ではまだまだこの知見が普及しておらず、社会的な損失だと思います。
■「悪い子はいないか」型の日本社会
日本の社会は「こういう人は悪い」という、浅い決めつけをしたがる傾向にあるように思います。何か直感的に気に入らないことがあると、絶対悪として叩く傾向です。
例えば、常にネット上で問題を探し回っている人たちがいます。匿名という覆面をかぶって、攻撃対象を見つけ、浅はかな知識で叩き回る人たちです。こういう人たちは、例えば、職場におけるサイコパシー傾向という言葉に対して、研究文献を読む手間をとらず、そのときの思いつきで「殺人犯みたいに社員を呼ぶことは危険だ」と書き込みます。
しかし、職場を対象にした学術研究では、サイコパシー傾向の高い人は、反社会的な面ばかりではなく、職場で向社会的な面があることも多数報告されています。「殺人犯みたいに社員を呼ぶことは危険だ」というのは、映画や漫画の見過ぎと、確かな知見を習得して物事を多角的に判断する手間を省いた、安易過ぎる発想によるものです。
そういった浅はかなイメージ論から脱することが、個々人が持つポテンシャルが十分に発揮される職場作りと社会形成に必要です。ポテンシャルがあっても、とにかくイメージだけで人間の善し悪しを論じたい人が多い環境では、人間の深みが理解されず、いきいきと働くことはできません。
■色眼鏡で視界がぼやける日本企業
ネットの世界だけではなく、日本企業もやや似たようなところがあります。
例えば、企業の採用管理で重視される特性に「ストレス耐性」があります。ストレス耐性が低い人は、いろいろな刺激に敏感で、仕事のストレスに耐えられず、心が落ち込みやすいため、採用を見送るという会社が少なくありません。
しかし、今世紀に入ってから大きく進んだ、人間の敏感さに関する世界的研究は、その単純過ぎる決めつけに警鐘を鳴らしています。ストレス耐性が低い=悪い、と考えるのは誤っている、ということです。
ストレスを感じやすい敏感な人のなかには、たしかに、仕事のストレスを過剰に感じる人もいますが、持ち前の敏感さを活かして、顧客やメンバーの心の変化を敏感に察知し、機微に触れることができて、販売活動や人間関係構築、部下育成に活かす人がいます。
こういった人たちは、人一倍敏感だけれども、職場でストレスを過剰に感じるわけではなく、むしろ仕事を通して自己効力感を持ちやすい人であることが、ビジネス場面におけるHSP(Highly Sensitive Person)に関する近年の研究によって実証的に示され始めています。
表面しか見えない、偏見のレンズを付けた色眼鏡をかけていては、社員の実態はいつまでたっても見えません。日本企業は、いったい、いつまで社員の人材活用や早期離職に悩み続けるのでしょうか。今のような「ダメな人はダメ」という決めつけモードでは、永遠に悩み続けることになるでしょう。
■性格は変えにくいが、行動と未来は変えられる
本書は、学術研究と企業実例に基づいて、一見、ビジネス場面で問題を抱える人であっても、むしろ、それだからこそ活躍できる可能性を示します。もちろん、問題は直視する必要がありますが、その裏側まで見極めるための知識を本書は示します。
「こういう人は良い・悪い」という単純な議論を超えて、人間がこれまでの知的活動の歴史を通して獲得してきた多面的な人間像に基づいて、個人が持つポテンシャルが花開くための道程を示します。
ダーク・トライアドを含む人間の性格特性は、大人になってから、絶対に変えられないわけではないのですが、そうたやすく変えられるものでもありません。
しかし、だからといって、行動の全てがそれによって自動的に導かれて、未来の全てが暗い方向に決定されるわけではありません。
特に、経験を積み、日々学習を続けている社会人であればなおさら、性格特性だけをもとにして行動しているわけではありません。人間の性格特性と行動発現に関する知識があり、心構えが備わっていれば、同じ性格特性の人であっても違う未来が待っています。
性格は簡単には変えられないけれども、行動と未来は変えられるのです。
■日本企業のタレントマネジメントに必要なダーク・パワー
ダーク・トライアドについて、海外文献の日本語への翻訳や日本国内での研究展開を進めているのは主に心理学領域の研究者たちです。ダーク・トライアドの世界的知見に日本語で触れる貴重な機会を作ってくれています。
一方で、海外におけるダーク・トライアド研究に比して、わが国では経営組織における向社会的行動への言及が少ないようです。海外研究では、例えば経営組織におけるリーダーシップの発揮とダーク・トライアドの関係が積極的に論じられていますが、わが国ではそのような向きがやや弱いという課題があります。
ビジネス場面でのリーダーシップというテーマについては、経営学研究で歴史的に膨大な知見が蓄積されてきました。日本では、学問分野間の接続の難しさから、ダーク・トライアドとリーダーシップの関係の持つ意味合いが、経営学で蓄積されたリーダーシップ論の系譜から考察されることはあまりありません。
それがわが国の経営組織で働く人にとって、ダーク・トライアドが遠い存在となり、その良さが普及していない一因になっています。リーダーシップ論をはじめとする経営学研究とそれに含まれる組織行動(Organizational Behavior)論研究がこれまで提示してきた歴史的な知見とダーク・トライアドは、どのように関わるのでしょうか。
この点は、わが国の経営領域の研究者だけではなく、ビジネスの実務家にとっても大きな意味を持ちます。ビジネスにおけるタレントマネジメントに深く関わるからです。本書は、経営実践の立ち位置からこの点に取り組みます。
自分と他者が持つダークな一面をどう活かせば自分と他者、さらにチームがビジネスでもっと輝けるのかを学びとっていただけたら幸いです。
■部下のポテンシャルに疑問を持ったら
ポテンシャルについて最も疑問を持つ対象は多くの場合、職場の部下でしょう。
部下に自らのポテンシャルを発揮していきいきと働いてほしいというのは全ての上司が持つ願いですが、実際には「あの子は駄目だ」などと部下への評価を決めつけてしまっていることも少なくありません。自分が部下の立場だったときに、このような決めつけ的な低評価を上司から受け、職場で辛い日々を過ごしたことがある人もきっといるでしょう。
経営組織には目立って優れたリーダーがいます。多くの部下を抱えて、チームの高業績を創出できる人です。このリーダー自身がとても優秀ですから、部下の抱える問題には人一倍気が付きます。例えば、顧客対応の場面で部下がとった行動について駄目なポイントをあげようと思えばいくらでもあげられるのです。
しかし、優秀なリーダーほど、不思議とも言えるような度量の大きさを持っています。部下に問題をあれやこれやと指摘して部下が委縮してしまうことを避け、問題はあってもいいから、それを超える部下の良さが発揮されて、他の人とは違う、その部下らしいユニークな活躍ができるような雰囲気を作っています。
自分の勝ち方しか知らない上司は、そこから外れた部下を駄目な部下だと決めつけてしまうのに対して、優れた上司はそのような決めつけ論から脱して、一見、問題がありそうな部下であってもうまく活かして成果に繋げる、というところに底の深さが垣間見えます。
そのような優れた上司の目に、部下のポテンシャルはどのように見えているのでしょうか。本書は、それをダーク・パワーから明らかにします。
2024年6月
鈴木 智之
【目次】






