その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は田中道昭さんの 『世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』 です。

【はじめに】

独ボッシュ、2020年にカーボンニュートラル達成

 本書のサブタイトルを「『デジタル×グリーン×エクイティ』の時代」とした背景には、世界最大のテクノロジー見本市「CES2021」で筆者が受けた衝撃があります。CESは例年なら米ラスベガスで開催されるイベントで、私は毎年現地に赴いていますが、2021年は新型コロナ禍の影響でオンライン開催となりました。
 CESの冒頭では「Tech Trends To Watch」と題して、その年のテクノロジートレンドを論じるセッションが開かれるのが恒例となっています。ここで紹介された次のような発言が印象に残りました。

 「イノベーションは、経済的に厳しい時に加速し、集中して起き、その力は解き放たれ、経済が復活し始める。そして、力強い新たなテクノロジーの変化の波を先導していく」(英国のエコノミスト、クリストファー・フリーマンによる発言)
 「私たちは、2カ月間で2年分のデジタルトランスフォーメーションが起きるのを経験した」(マイクロソフトCEO、サティア・ナデラ氏による発言)

 2020年は、まさにこの2人の発言のとおりの年でした。新型コロナ禍による深刻な経済的ダメージを受けながら、デジタル化というイノベーションの波が、世界を席巻しました。それはCESで発表された数字からも、明らかです。

 「Eコマースのボリュームは8週間で10年分増加した」
 「オンライン予約のボリュームは、15日間で10倍に増加した」
 「(新型コロナ禍の直前にスタートしたディズニー公式動画配信サービス)ディズニープラスは、ネットフリックスが7年間で獲得した有料視聴者数を5カ月間で獲得した」
 「オンライン学習は、2週間で2億5000万人の生徒を獲得した」

 こうした世界の変化に比べれば立ち遅れているにせよ、日本でもリモートワークやオンライン診療、オンライン学習などで、デジタル化の恩恵を実感した人は、かつてなく多いはずです。
 新型コロナ禍の今後の動向はいまだ不透明ですが、デジタル化の波は、加速しこそすれ、とどまることはないでしょう。CES2021でも、2021年の6つのキートレンドとして、デジタルトランスフォーメーション(DX)、デジタルヘルス、ロボット&ドローン、モビリティテクノロジー、5Gコネクティビティ、スマートシティが挙げられていました。

 しかし、CES2021で筆者が最も大きなインパクトを受けたセッションは、「デジタル化」を直接のテーマにしたものではありませんでした。
 自動車部品最大手の独ボッシュは基調講演において、自社の事業所の二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルを「2020年に達成した」と発表しました。これは、グローバルな製造業では初めての快挙です。ボッシュはもともと2019年の段階で「2020年までに製造、開発、運営にかかわる世界約400カ所の拠点でカーボンニュートラルを目指す」と発表していたのですが、まさに有言実行した形です。
 ボッシュはこれをバリューチェーン全体に広げていく方針です。それも脱炭素にとどまらず、省エネルギー、節水、廃棄物削減までを含めたサステナビリティ方針として、CES2021の壇上から「live sustainable like a Bosch(ボッシュのように持続可能な暮らしをおくる)」と呼びかけていたのが印象的でした。
 ボッシュのセッションでは、IoT(モノのインターネット化)とAIを組み合わせた「AIot」によって製造業のDXに注力していることも話題にのぼりましたが、これも単なるDXの枠内にとどまるものではありません。DXであると同時に、製造業におけるエネルギー効率を向上させることでCO2排出量の削減に貢献します。気候変動対策においても、ボッシュは「live sustainable like a Bosch」を実践しようとしているのです。
 従来、気候変動対策で先鋭的なビジョンを掲げるグローバル企業といえば、アップルが知られていました。とはいえ、アップルはファブレス企業であり、自社工場を持ちません。
 一方、ボッシュといえば、自動車部品のメガサプライヤーであり、従来型の製造業です。自社工場も多く所有しています。そんな企業がカーボンニュートラルを果たすというのは、むしろアップルよりも先鋭的な取り組みといえます。
 ボッシュのライバル企業にはデンソーやアイシンといった日本の優良企業が存在します。しかし筆者は、日本の製造業が気候変動対策とデジタル化で世界の産業界をリードすることは想像できません。グリーン×デジタルという世界のトレンドを確認すると同時に、日本の遅れを痛感させられたセッションでした。

GMがCES2021で示した「変曲点」

 もう1つ、CES2021に大きなインパクトを残したのは、GM(ゼネラルモーターズ)のメアリー・バーラCEOによる基調講演でした。その講演は、GMのEVへの注力や、時速90キロで飛行するという「空飛ぶクルマ」のコンセプト動画のお披露目でも話題となりましたが、私が感銘を受けたのは別のところです。
 バーラCEOは「変曲点(INFLECTION POINT」と題された講演の冒頭で、バイデン政権の4大施策である新型コロナ対策(COVID-19)、経済対策(ECONOMIC RECOVERY)、人種差別問題(RACIALE QUITY)、気候変動対策(CLIMATE CHANGE)と、それぞれに対応するGMの施策に言及しました。特に気候変動対策としてのEVについては、「Putting Everybody in An EV(すべての人をEVに)」を掲げ、ラインナップのEV化をうたいました。
 もっとも、自動車メーカーが気候変動対策をうたうのは今や当たり前のこと。それ以上に、GMが黒人問題をはじめとする人種差別の問題に立ち向かうと強調した点に、私は何よりも感銘を受けました。それは昨今重要性を増している「エクイティ(公平・公正)」という価値観とも呼応するものだったと思います。

 こうした姿勢は、GMに限ったものではありませんでした、ボッシュを含めて、CES2021に参加したどの企業にも、多かれ少なかれ共通していました。
 CESは世界最大のテクノロジーショーであると同時に、「最も影響力が大きい」テクノロジーショーでもあります。そのため、テクノロジーのトレンドを紹介するだけでなく、これから大きなトレンドになるであろう新しい価値観が提示されるのが常です。ある年は「データの利活用」に関心が集中したかと思えば、ある年は「データの利活用とプライバシーの両立」がテーマになりました。基調講演やセッションのスピーカーの話にも、こうした価値観の変化は如実に表れるものです。

「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代

 CES2021において打ち出された価値観を3つのキーワードに落とし込むならば、それはデジタル、グリーン、エクイティであったといえるでしょう。
 デジタル化の流れが不可避であることについてはあらためて詳述するまでもないと思いますが、私たちの暮らしを便利にすることに終わらず、デジタル×グリーン×エクイティの三位一体の中で追求していく必要があるとの問題意識が、各社には感じられました。
 本書の中でたびたび論じることになるアマゾンにしても、ビッグデータ×AIを武器に究極のカスタマーセントリック(顧客中心主義)を追求してきたこれまでの姿から、変質があるように思います。従来のアマゾンは、カスタマーセントリックを志向しながらも、アマゾンのカスタマーとして見なされない中小の小売業などついては、「アマゾンエフェクト」によって容赦なくなぎ倒していく負の一面もありました。
 しかしここにきて、創業者ジェフ・ベゾスは、教育支援や恵まれないファミリーを支援する慈善活動基金の「DAY1(デイワン)ファンド」や、気候変動対策を行う「ベゾス・アース・ファンド」を設立するなど、社会問題の解決へと舵を切ろうとしています。また株主らに宛てた年次書簡では、「われわれは『地球上で最も素晴らしい雇用主』がいる『地球上で最も安全な職場』になろうとしている」とベゾスは書いています。これまで「地球上で最も顧客中心主義の会社」を目指してきたアマゾンが、同時に「地球上で最も素晴らしい雇用主」にもなろうとしている。これは大きな、そして喜ぶべき軌道修正だといえるでしょう。

 デジタル化の追求を止める必要はありませんし、止めようがありません。しかし、ボッシュのAIotの取り組みに見るように、デジタル化がすなわち気候変動対策に、またデジタル化がすなわち格差の解消につながるようなあり方が、いま問われているのです。
 グリーンについても同様です。気候変動対策が喫緊の課題であるのは言わずもがなです。しかし今、企業に求められているのはグリーン×デジタルの取り組みです。2021年3月に開催されたデジタルシフトサミットにおいて、日本のDXというこれまでにない難題に取り組んでいる平井卓也デジタル改革担当大臣と対談した際、次のような言葉が聞かれました。
 「デジタル化が止まってしまうことは、おそらくこれから50年100年ないと思います。デジタル社会イコール電気を大量に使う社会ということですから、グリーンとデジタルは、もう絶対に不可分です。その電気をいかにグリーンに確保していくかという意味でも、これは各企業セットで考えないといけませんね」(デジタルシフトタイムズ2021年3月8日)
 そしてエクイティです。アップルは2021年、「人種の公平性と正義のためのイニシアチブ」に1億ドルを拠出し、人種差別など不当な差別に苦しんできたコミュニティに支援することを発表しました。
 ダイバーシティ&インクルージョン(D&I:多様性と包摂性)が推進されている昨今ですが、近年はそこにエクイティを加えた「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DEI)」を掲げる企業が増えてきています。新型コロナ禍が格差拡大を助長し、差別や貧困に苦しむ層ほど気候変動問題の影響を強く受けるという社会構造が明らかとなった今、多様な価値観や個性を包摂的に受け入れ、なおかつ公平・公正に扱うことができる世界が希求されています。

 私は確信しています。いまやデジタル、グリーン、エクイティは個別ではなく、三位一体で考える必要があるのだと。それによって初めて、人と地球環境がともに持続可能な未来を創造することができるからです。

本書の内容

 本書は、それぞれ異なる領域における「最先端」の8社を取り上げ、経営戦略を論じるものです。また巻末には、私が「デジタルシフトアカデミー」で行っている「日本企業のための大胆なデジタルシフト戦略策定ワークショップ」の内容を「DX白熱教室」として50ページにわたり掲載しました。
 8社に共通するのは、政治・経済・社会・テクノロジーの変化、あるいは価値観の変化にいち早く対応していること。また、多くの企業は、自ら新しい価値観や世界観を示してもいます。その一部をご紹介しましょう。
 「世界最大の小売企業」ウォルマートは、非デジタルネイティブ企業でありながらDXに成功しました。非デジタルネイティブが多い日本企業が最もベンチマークするべきはウォルマートであると私は確信しています。
 EVのリーディングカンパニーであるテスラは、クリーンエネルギーのエコシステムを構築しようとしている企業です。創業者イーロン・マスクの「このままでは人類が滅びる」「人類を救済する」という強烈な使命感をキーに、テスラの経営戦略を読み解きます。
 「アップルカー」の報道でも話題のアップルは、「デジタル×グリーン×エクイティ」の掛け算において最も先鋭的な取り組みをしている企業の1つです。「2030年までにカーボンニュートラル達成」とコミットしており、産業の変革をリードする存在です。
 「世界最強のSaaS企業」セールスフォースの最大の特徴は、カスタマーサクセスをミッション・事業構造・収益構造のすべてに織り込んでいること。セールスフォースにおいては、顧客の成功と自社の成功が直結しています。
 PC時代を牽引しながら、スマホの時代になるとGAFAの後塵を拝したマイクロソフトは、「クラウドファースト」を打ち出して大復活しました。次なる一手はMR(複合現実)のプラットフォームです。
 8社の中でも異彩を放つペロトンは「フィットネスバイク」のDXを果たしました。日本企業の強みでもある「徹底的なこだわり」を武器に、デジタル×リアルで優れたカスタマーエクスペリエンスを提供することで急成長中です。
 シンガポールのDBS銀行は、「会社の芯までデジタルに」という目標を掲げて、旧態依然とした金融業からテクノロジー企業へと生まれ変わりました。そして「世界一のデジタルバンク」と称賛されるようになった今、新たなミッションに向かおうとしています。
 8社目は、世界最強の企業アマゾン。その影響力はついにヘルスケアやものづくりの現場にまで拡大しています。2021年にはジェフ・ベゾスのCEO退任というニュースもありました。ベゾスが次に向かう先は宇宙、そして驚くべきことに「社会問題の解決」です。
 そして最終章では、「デジタル×グリーン×エクイティ」について論考します。また付録として、先に述べた通り、筆者が講師を務める「デジタルシフトアカデミー」の講義を再現する形で、いま日本企業にとって最も関心の高い「デジタルトランスフォーメーション」の道筋を示しました。
 多くの犠牲者を出した新型コロナ禍は、未曾有の悲劇として後世まで記憶されるべきものです。しかし同時に、世界が待望していた変化が新型コロナ禍によって数年前倒しで到来した一面も見逃せません。そのポジティブな変化に、本書が少しでも貢献できることを筆者として願ってやみません。これから詳述する「最先端8社」が見せる変革の意思とその実践を、日本企業の経営に活かしていただきたいと思います。


【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示