その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は松島倫明さん、田中宏隆さん、岡田亜希子さんの『 教養としてのフードテック リベラルアーツで問い直す「食の本質価値」 』です。
【はじめに】技術がひとを幸せにしない衝撃
2016年の夏。私たち(UnlocXの田中宏隆と岡田亜希子)は、米国シアトルで開催された食とテクノロジーの国際会議「スマートキッチンサミット*1(以下SKS)」に参加しました。そこで「スマートキッチン」という単語に遭遇したとき、私たちは好奇心と共に焦燥感にも似た感情に襲われたのです。
コンサルティング業界で長くハイテク業界動向やデジタルテクノロジーの進化を見て来た私たちにとって、この技術は非常に先進的に思えました。キッチン家電がインターネットにつながる。冷蔵庫の中の食材を画像認識技術でデータ化する。オーブンレンジがスマートフォンのアプリからの指示で温度調整してくれるなど、デジタルとIoTを駆使した機能が次々と披露されていました。
SKSでは、さらに進んだ未来像も議論されていました。キッチンにはコンピューターと同じように、家電を統合制御する基盤である「キッチンOS*2」がインストールされ、あらゆる家電の操作を連携し、失敗なくおいしい料理ができる。そんな未来について、スタートアップや家電メーカー、アマゾンやマイクロソフトなどの巨大IT企業が議論を重ねていました。
先ほど「焦燥感」と言ったのは、こうした議論に日本の家電メーカーが入っていなかったからです。そして米国の食習慣や食文化が前提になっていて、世界に誇れる日本の食の技術や考え方とは遠いもののように感じられたのです。
ファストフードや大手コーヒーチェーン、そして大量の超加工食品・飲料に代表される米国の食は、日本人からしてみればあまり健康的には見えません。当時SNSも、音楽も、地図も、映画も、あらゆるコンテンツプラットフォームが米国から日本市場に押し寄せていました。食というコンテンツも米国の「スマートキッチン」という波が世界を飲み込むことになるのでしょうか。
そんな焦燥感から、日本におけるスマートキッチンの普及を議論すべく、日本でもSKSを開催することにしました。ところがここで、思いもよらない事実にぶち当たりました。
予防医学研究者の石川善樹さんは、2017年に初開催した「スマートキッチン・サミット・ジャパン」の中で、技術普及による「副作用」について言及したのです。
「料理や買い物など、時短や効率を追求した結果、米国で人々はsnacking(おやつを食べること)に時間を費やすようになりました。その結果、肥満が社会課題となったのです」
また、参加者の一人であった加工食品メーカーの新規事業開発担当者は、こう打ち明けてくれました。
「私たちはいろんな工夫を重ねて、健康にも気を使い、手間なく時短で調理できる冷凍食品を開発しています。しかし、なぜか生活者は私たちの商品を使うことで『罪悪感』を感じるというのです。罪悪感を感じるような商品を作り続けていていいのだろうかと思ってしまいます」
分子の振る舞いから料理を科学的に解明する「分子調理学」を専門とする宮城大学食産業学群教授の石川伸一さんは、さらに歴史を遡ります。
「人類史から読み解くと、肥満は調理によってもたらされたという仮説があります。調理によってエネルギー吸収効率が高まりすぎた結果、ゆるやかに人の体を変えてきました。現在では、世界で22億人が肥満体形にあるとされています。米国では過去50年で平均体重が約10㎏増加しています」
こうした技術を使うことの「副作用」や「罪悪感」は、半導体技術や有機ELディスプレーといったハイテク業界では聞いたことのないものでした。この点については、前著『フードテック革命 世界700兆円の新産業「食」の進化と再定義』(日経BP刊)で詳しく触れていますので、そちらを参照いただければと思います。
半導体は小さければ小さいほど良い。処理速度が速ければ速いほど良い。ディスプレーの解像度はもはや人間の目にはその違いが分からなくても、どんどん高度化していくのが常です。それが価値の源泉でした。
しかし、食の場合は違いました。技術の進化が必ずしも人間を健康にしない。幸せにしない。そんな側面があることに初めて気付かされたのでした。
考えてみれば、善かれと思って開発された技術が戦争で人の命を奪うことに活用されたり、公害や環境汚染につながったり、技術に「負の側面」があることは、人類は何度も経験してきています。ですが、そうしたことが毎日のキッチンの場で起きていることに私たちは衝撃を受けたのです。
調理家電を開発しているエンジニアもセールスパーソンも、加工食品を製造するメーカーも、いかに家事の負担を軽減するかに奔走してきました。まさかそれが肥満の一因になるとは思っていません。
自動車での移動が増えて歩かなくなった。ホワイトカラーの仕事が増えて運動が減った──。このほか同時期に起こったことはたくさんあります。いずれにせよ、結果的に肥満率が上昇しているわけで、明らかに食はその要因を引き起こしているのです。
ファクトだけでは語れない、文脈で価値が変わる「技術」
それ以来、私たちは食に関して技術と人間の関係性を問い始めました。
2019年のスマートキッチン・サミット・ジャパンでは、『WIRED』日本版編集長の松島倫明さんと、田中宏隆が登壇。2人は「オートメーションと非オートメーションの境界線」をテーマに議論を繰り広げました。そのとき、松島さんはこう述べています。
「スマートキッチン、AI、ロボットなどのテクノロジーが世界を変えていく中、テクノロジーにできることだけを追随してしまうと貧しくなってしまう。いま、ファクトだけでなく意味と文脈を抜きにしてテクノロジーは語れません。それは食も同じです。おいしい、楽しい以上に、気候変動と生産、フードロスと流通、健康という食を取り巻く大きな問題抜きには食は語れません」
欧州から運ばれてきた上質な水。確かに味はおいしいかもしれません。しかし、わざわざそんな遠い距離を運んでくることが、環境負荷を考えたときに正しいことなのでしょうか。松島さんはこうも述べます。
「たとえば自律走行車も、一家に1台持つよりも自律走行のバスがあったほうが地球の環境にはいい。フードロスのことを考えた場合は、もしかするとホームキッチンよりもシェアキッチンのほうがいいかもしれません。一度建ててしまうと何十年も使う家の空間に、そもそも大きくて豪華なキッチンは必要なのでしょうか。それでも、家で料理をする理由は何なのでしょうか。それを考えることでホームクッキングの可能性を更新できるかもしれません」
つまり、松島さんが問うているのは、技術の可能性だけでなく、その技術が本当に必要とされる文脈は何かということです。環境負荷や社会的価値という文脈を考えれば、個人消費を促進する技術よりも、共有やコミュニティを前提とした技術のほうが価値を持つかもしれない、という視点を提示しているのです。
さらに、情報・人間関係の次に、あらゆる物理的なものをデジタル化するインターネットの第3のプラットフォームである「ミラーワールド」において、食もデジタル化の対象となります。これに関連して田中は、「物理的な食材に情報と文脈が重なり、さらにローカリティが結びつくことで、地域単位でパーソナライズされた多様な食の価値を生み出すことができる」と指摘しました。田中はフードオントロジー*3(食品情報科学)の考え方を引き合いに出し、あらゆる食に関する情報を蓄積し可視化することで、食品版の「メイカームーヴメント」が生まれる可能性を示唆したのです。
売上高の観点からいえば、欧州から輸入した高級な水を売ることや、各世帯にキッチン家電を普及させるほうが市場が大きくなるわけですが、そうでない方が実は人間社会にとって価値があるかもしれません。「文脈」によってテクノロジーの価値が変わる、そんな議論が繰り広げられました。
キッチンのスマート化の議論から始まったSKSですが、議論はキッチンにとどまりませんでした。私たちは2018年以降、世界の食にまつわるカンファレンスに足を運びました。米国では、「フードテック」として代替プロテインなどの新食材の開発、デジタル技術を活用した糖尿病や肥満の解決、あるいはヴィーガンなど個食主義に向けた食やレシピのパーソナライゼーションといったテクノロジーの議論が活発でした。
一方、欧州は少し色合いが異なりました。イタリアで開催されていた「Seeds&Chips」、イギリスのフード系スタートアップと投資家が集結していた「Y FOOD」、フランスでは、「FoodUseTech」というカンファレンスにも参加しました。そこで分かったのは、欧州では食が解決すべき社会課題の議論が活発であり、農業とも合わせて食を「フードシステム」として捉えていたことです。
日本はどうなのでしょうか。私たちは米国の「テクノロジー」の視点も、欧州の「フードシステム変革」の視点もどちらも大切に思えました。私たちがあえて、スマートキッチンサミットをSKSと呼ぶことにしたのも、ここに理由があります。
食べ物が農地からキッチンに至るまで加工され流通する「Farm to Fork*4」と呼ばれるフードシステムについて考え、フードシステムの各セクターで起こるイノベーションについても議論する。キッチンにはとどまらない。私たち生活者側の行動や健康状態、ウェルビーイングもすべて捉える必要があるのだということを表現したかったのです。
私たちは、これからフードテックが進むであろう日本に必要なのは、「オートメーションと非オートメーションの境界線」の議論にもあった、「食」や「テクノロジー」という概念が持つ多元的な「文脈」の理解を深めることではないかと痛烈に感じるようになりました。
つまり、フードテック領域に必要なのは教養なのです。食の理解には自然科学も、社会科学も、人文科学も、あらゆる領域の知見が必要です。こうしたあらゆる科学を統合する、つまりリベラルアーツアプローチを通して食の価値を探求した先にこそ、フードテックが生きてくる。技術が進展してなんでもできるようになってきたと思える今だからこそ、一度立ち止まって食の価値を見直し、技術の価値をも再構築する。フードテックを教養として捉える。それが社会や個々人にとってのウェルビーイングに食が寄与できることになるのではないでしょうか。
こうした思いから、田中と岡田、そして『WIRED』日本版の松島さんとともに、食に関連する学問も、そうでない学問も含め、多くのアカデミアの研究者たちの扉を叩きました。文化人類学、地質学、建築学、身体情報学、法哲学、コミュニティ論──。こうして文系理系問わず、人文科学、社会科学、自然科学、すべてを統合したリベラルアーツとして食の未来を問うウェビナー連載「フードイノベーションの未来像」が、『WIRED』でスタートしたのです(田中、岡田は当時シグマクシスに在籍)。
時は新型コロナウイルスが猛威を振るって緊急事態宣言に見舞われていた2020年春。人々が自宅に閉じ込められ、他者との「共食」という楽しみを奪われ、未知のウイルスを前に現代医療の最先端をもってしても死者数が増え続けるという、科学技術の限界すら感じていたときでした。
今、SDGs(持続可能な開発目標)の達成目標である2030年は間近に迫っています。そしてその先は、SWGs(Sustainable Well-being Goals=持続可能なウェルビーイングゴール)の制定に向けて世界は動いており、よりウェルビーイングへの理解と実現に向けたアクションが求められます。私たちは2050年代の世界人口100億人時代に向けて必須となる新たなフードシステムを構築していくこと、そのフードシステムが地球を壊さず、人間社会が豊かになることを両立させる必要があります。フードテックはそれに寄与していかなければなりません。
2050年、私たちは「何」を食べているのか、どんな「価値」を生み出していきたいのか──。本書を通して読者のみなさまと一緒に考えていきたいと思っています。
2025年12月吉日
UnlocX 田中宏隆 岡田亜希子
【目次】





