その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は佐藤嘉彦さんの 『鉄道会社サバイバル トンネルの向こうの光を目指せ』 です。
【始発 はじめに】
客がほとんどいないホームに、手持ち無沙汰に立つ駅員。列車はガラガラのまま発車していく――。私の〝鉄道記者〞としてのキャリアは、そんな光景の取材から始まった。
2020年4月に経済誌「日経ビジネス」編集部の記者となり、念願の鉄道業界担当となった。小学生、いや幼稚園のころから鉄道好きで、ぜひやりたいと手を挙げたところ、運良く希望が通ったからだ。楽しい取材を期待していたのだが、時はまさに新型コロナウイルスまん延のころで、世の中は大混乱に陥っていた。鉄道業界の業績はどこまで落ち込むのか、列車はどのくらい減便になるのか……。経済誌の記者として当然、気のめいるような話題を追わなければならない。
そんな状況下でも、私が鉄道好きだからだろうか。現場で奮闘する「鉄道マン&ウーマン」の姿が目に入り、「日経ビジネス電子版」で記事にするようになった。
テレワークの定着で利用が減った通勤定期券の売り上げを復活させるべく、飲食や映画などの割引サービスを提案する社員。車両基地や廃止になった駅など、普段は入れない場所へのツアーを企画して増収を図る社員。人が乗らないのなら、モノを載せればいいと、荷物輸送を立ち上げる社員。正直に言って、その後、消滅してしまった取り組みもある。しかし40年近く(単なる趣味人としてではあるが)鉄道の世界を見てきた私にとって、新たな取り組みが次々と出てくるのは、とても新鮮だった。
なぜなら、鉄道は巨大な装置産業であり、安全が最優先。とにかくルールを守る意識が浸透しており、「試行錯誤」など許される業界ではなかったからだ。
それ故、変化を嫌い、課題を先送りする文化も強い。例えばコロナ禍で注目を集めるローカル線問題は、50年以上にわたり、堂々巡りの議論が続いている。1980年代、国鉄が実質的な経営破綻状態に追い込まれたことで廃線が進んだが、分割民営化の過程で議論は下火に。その後JR各社は業績が好調だったこともあり、赤字には目をつぶってきた。地元自治体とのあつれきを起こさないための必要経費と割り切ってきた節もある。
しかし、コロナ禍で大幅な赤字に陥ったことで、これ以上の先送りはできなくなった。民営化から35年たって、ようやく問題の解決への重い腰を上げた。
鉄道好きの1人としては、ローカル線はひなびていればいるほど旅情があると思う。自分が乗る時はガラガラで、のんびり酒でも飲みながら旅行できれば最高だ。
しかし、それは勝手な願望にすぎない。鉄道事業がビジネスである限り、立ちゆくはずがないからだ。「客がほとんど乗っていない列車に乗務するたびに、むなしくなるんですよ。自分の仕事は世の中の役に立っているのか、会社の先行きはどうなるのかって」。ローカル線の乗務経験があるという、あるJR社員に言われたこの一言が今も耳から離れない。
本書は、鉄道の素晴らしさや楽しさを紹介する趣味の本ではない。かといって、鉄道が抱える問題を数値で分析し、論理的に解決策を提示するビジネス本でもない。コロナ禍という未曽有の変化に直面し、もがき、苦しむ鉄道の現場を2年半取材し続けたルポルタージュだ。鉄道が担う公共交通という役割を残し、守ろうと奮闘する現場の人々の思いを感じ取っていただければ幸いだ。
【目次】