御社になぜ、優秀な人材が足りないのか? ── 日本企業が今、直面する人材難の背景には、2000年代に始まった、世界の「採用革命」(*)がある。元ヘッドハンターで、現在はグロービス・キャピタル・パートナーズでチーム「GPCX」を率いる小野壮彦氏が、米国を起点とする革命の余波が、今の日本企業にどう影響しているかを読み解く。著書『世界標準の採用』の一部を公開。

* 「採用革命」や、本文中にある「リンクトイン・リクルーターの衝撃」などについては、第2回「優秀な人材の獲得競争で負け続ける日本企業 秘かに進む『採用革命』」で解説した。

「コーチ」と「LVMH」で、時間差はあれど

 2011年ごろになると、このグーグルが端緒となった採用革命は、業種を超えて広がりはじめました。

 たとえば、米国のラグジュアリーブランド「コーチ」。私は2011年ごろ、コーチの本社の方と接点を持たせていただきましたが、その時点でコーチはすでに、グーグル流のモダンな採用モデルへとシフトしていました。つまり、2008年のリンクトイン・リクルーターの衝撃から、たった3年という短いスパンで、直接候補者にアプローチする「ハンティング(狩猟)型」の採用スタイルに完全に移行していたのです。

 一方で対照的に、この頃、同じラグジュアリーブランドでも、欧州系の企業たち─LVMHケリングら─は、依然として従来の採用モデルを維持していました(*1)。

 このように米国系と欧州系の間で、同じ業種であっても、採用革命の波が届くまでに明らかなタイムラグがあったことは興味深い事実です。

 しかし、今やその欧州系ブランドでも、軒並みリンクトイン・リクルーターなどのデジタルツールを活用した、モダンな採用モデルが当然のように導入されています。

筆者はヘッドハンターとして、米国系の「コーチ」の本社や「ルイ・ヴィトン」などを擁するLVMHなどと接点を持った(上写真:yu_photo/stock.adobe.com、下写真:Florence Piot/stock.adobe.com)
筆者はヘッドハンターとして、米国系の「コーチ」の本社や「ルイ・ヴィトン」などを擁するLVMHなどと接点を持った(上写真:yu_photo/stock.adobe.com、下写真:Florence Piot/stock.adobe.com)

 たとえ適応のタイムラグはあったとしても、採用革命は国境を超えて広まり、様々な業界に浸透していったのです。

 *1. 業界を問わずにいえる傾向として、欧州系には、リンクトイン・リクルーターなどを使ったダイレクトリクルーティングに対して懐疑的な企業が、米国企業より多かった。

 こうして、すべてが静かに、しかし確実に変わっていきました。まるで、眠るかのように静かだった湖に石が投げ込まれ、その波紋がゆっくりと広がっていくように。その変化に私たちが気づくまでには幾ばくかの時間を要し、やがてそれがどれほど大きな影響を持つのかを思い知らされることになるのです。

 日本はこれまで、このハンティング型の採用モデルの侵入を防いできた……つもりだったかもしれません。しかし、この「侵入者」はじわじわと日本でも根を張り、静かに広がりはじめています。

 思い出してください。あのコロナ禍における国境防衛が、いかに大変だったかを。ハンティング型の採用モデルという新型ウイルスは、世界中で猛威を振るい、今や企業活動の常識として定着しています。日本だけが無縁でいられる。そんなことは果たしてありうるでしょうか。

 それはすでに始まっています。主な侵入経路は明白です。2つのルートから始まりました。

  • 外資系コンサルティング業界
  • IT系を中心としたベンチャー業界

 この二大成長産業セクターにおいては、「タレント=才能ある人材」に対する需要が高く、グーグルから伝播したハンティング機能が求められる土壌がありました。そして実際、早期に実装された結果、この仕組みが狙い通りの効果を発揮し、国内の優秀な若手層を次々と引き込んでいったのです。

 採用革命の伝染性はバタフライ・エフェクトのようなものでした。小さな出来事が連続的な変化を引き起こし、予測を超えた大きな影響へとつながっていったのです。

 リンクトインが米国ほどには普及していなかった日本において、この動きを牽引したのは、ハイクラス層に特化した採用プラットフォーム「ビズリーチ」でした。ビズリーチのテイクオフ(*2)は、外資系コンサルティング業界とIT系ベンチャーの世界に人材の流動化をもたらしました。ただしそれだけならば、「動きやすいものが、もっと動いた」というだけです。

 しかし、ビズリーチはその枠を超え、新たな市場を開拓しました。

 *2. ビズリーチの創業は2009年だが、このプラットフォームを使った日本企業からの人材流出が顕著になったのは、テレビCMの放映が始まった2016年ごろからだった。

ビズリーチが日本社会にもたらした「本質的な変化」

 その結果が、国内の一流大企業からの一流人材の流出という事象です。これは「なかなか動かなかった山が、ついに動いた」ともいうべき出来事でした。まさにこれこそが、ビズリーチが日本社会にもたらした本質的なインパクトだったのだと思うのです。

 最初は例外事例として、脂の乗った30代の優秀層が日本の一流大企業から静かにポツポツと羽ばたいていきました。ある人は商社から外資系コンサルティングファームへ。またある人は、メガバンクからITベンチャーへ。この見えない人材争奪戦で、知らないうちに岩盤を崩されてきた日本の大企業では、やがてリーダー層の不足や質の低下が叫ばれるようになります。

 「俺たち世代に比べて、若手にはリーダーシップを発揮できるやつが少なすぎる」

 そんな声が、いつの間にか、あちこちから聞こえるようになってきたのです。

 この伝染性を持つ革命は、その実態がなかなか捉えにくいという面がありました。現場から遠い経営層の間では、若手が抜ける現象を、「ゆとり教育のせい」にして片づけてしまうことが多かったように思います。そう、残念ながら、事態の深刻さに気づいていなかったのです。問題はもっと深いところにありました。分かっている人は、すでに気づいていたはずです。これは単に「人材獲得競争に負けてきた結果」だと。

 先延ばしされてきた問題が、ついに表面化してきました。地殻変動のエネルギーが徐々に蓄積され、ついには爆発を迎えるかもしれません。これが、今の日本が直面している現実なのです。

 この事態を招いた「初期状態におけるわずかな差異」は、まるで誰かが遠い昔に投げ込んだ小石のようなものです。その波紋は、静かに、しかし確実に広がりつつあります。どこまで広がるのか、今はまだ誰にも分かりません。けれど、その波紋が広がり続けてゆくことは、確かなのでしょう。

 次回以降、採用革命の余波が、現在の日本企業にどのような影響を及ぼしているかを、より具体的に見ていきます。

採用革命の波紋は確実に広がっている(写真:Ps_Studio21/stock.adobe.com)
採用革命の波紋は確実に広がっている(写真:Ps_Studio21/stock.adobe.com)

日経ビジネス電子版 2025年5月2日付の記事を転載]

御社になぜ、優秀な人材が足りないのか? 今日の日本の人材難の背後には、米国企業が仕掛けたゲームチェンジがあり、乗り遅れた日本企業が今こそ実装すべきシステムと技術があります。世界のグローバルエリートを鑑定してきた著者が描く、逆転のシナリオ。大反響『人を選ぶ技術』著者、待望の第2作。ビジネスリーダー必読の「人材獲得の教科書」です。

小野壮彦著/日経BP/2970円(税込み)