パナソニック コネクトグループは、最新テクノロジーを駆使してBtoBソリューションを提供するパナソニックグループの中核企業群の1つです。同社の榊原彰CTO(最高技術責任者)は、企業文化や組織を変革するために、半年に一度、計8回、課題図書を設定した「オフサイトミーティング」を行ったといいます。榊原さんに、どのような本を取り上げたのか、そしてそれらをどのように組織変革に生かしたのかを聞きました。今回は前半の4冊について。

そもそも何のために仕事をするのか

 前回はシニアマネージャーの意識改革を目的とした「オフサイトミーティング」について説明しました。オフサイトミーティングでは、事前に課題図書を読み、「どうすれば社内の課題を解決できるか」をディスカッションします。2022年5月からスタートし、2025年11月までに8回行いました。

 2022年5月、1回目の課題図書にしたのが、『 ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント 』(リチャード・シェリダン著/原田騎郎、安井力、吉羽龍太郎、永瀬美穂、川口恭伸訳/翔泳社)です。当時のパナソニック コネクトの課題は研究開発部門が閉鎖的で、硬直的だったことでした。そこで、そもそも「何のために仕事をするのか」を考え、やらされ感や義務感ではなく、仕事を通じて全員が喜びを感じられる組織にするにはどうしたらいいかを議論しました。

『ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント』(リチャード・シェリダン著)。画像クリックでAmazonページへ
『ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント』(リチャード・シェリダン著)。画像クリックでAmazonページへ

 この本で取り上げられているのは、米国で「最も幸せな職場」と言われるメンロー・イノベーションズ。同社では毎朝10時に全員がミーティングに参加したり、オフィスの壁に付箋を貼って作業の進捗が分かるようにしたりと、仕事内容や人間関係をオープンにして、信頼関係を生み出しています。

 こうした取り組みを見習い、パナソニック コネクトでも誰がどんなプロジェクトを手掛けているのかを可視化するようにしました。情報格差を是正し、フラット化したのです。

 みんな自分の仕事が見える化されると、「組織の中でどういう位置づけなのか」「何を目的にしているのか」「どのぐらいの重要度があるのか」「いくらコストをかけているのか」を考えるようになります。硬直的な組織で上から言われたことだけをやっていると、仕事は簡単かもしれませんが、それ以上の広がりがありません。「自分で考えるためには情報の可視化が重要だ」と学べた1冊でした。

 さらに、この本を読んだことがきっかけで、チームワークアプリ「RECOG」を導入し、「コネクトネクサス」という名前で運営しています。人に感謝したりほめたりする「レター」を月に10通以上送ると、例えば世界中の恵まれない子どもたちに給食が1食寄付されるなどの仕組みです。このシステムを取り入れてから、自分以外のことにあまり興味を示さなかった研究開発部門の雰囲気が変わり、明るくなりました。

榊原 彰
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榊原 彰(さかきばら・あきら)
パナソニック コネクトグループ シニア・ヴァイス・プレジデント CTO
パナソニック ホールディングス 執行役員グループCAIO

1986年、日本アイ・ビー・エムに入社、以降2015年末に同社を退職するまでに技術職が体験可能な大多数の職種を経験、グローバル技術職のトップであるIBMディスティングイッシュトエンジニアに認定され、IBMグローバルサービス事業CTO、スマーターシティ事業CTOを歴任。16年より、日本マイクロソフトに入社、執行役員CTO。18年からはマイクロソフト ディベロップメントの代表取締役社長も兼務。21年10月末に両社を退職。21年11月、パナソニックに入社し、同社社内カンパニーであるパナソニック コネクティッドソリューションズ社にて執行役員常務CTO。22年4月より、同社のホールディングス制移行に伴い、パナソニック コネクトにて執行役員ヴァイス・プレジデントCTO、23年4月より執行役員シニア・ヴァイス・プレジデントCTOとして同社の研究開発組織をリード。26年4月、パナソニック ホールディングスの執行役員グループCAIOに就任し、パナソニック コネクトグループCTOと兼務。

失敗を表彰する賞を設立

 2回目に取り上げたのは『 失敗の科学 』(マシュー・サイド著/有枝春訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン)。この本では、組織が挑戦するのに必要なスピードと行動力、全員が成長する方法について考えました。

『失敗の科学』(マシュー・サイド著)。画像クリックでAmazonページへ
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 本書では医療ミスや飛行機の墜落事故などを取り上げ、「失敗からいかにして学ぶか」をストーリー仕立てで紹介しています。失敗したときに大事なのは、見て見ぬふりをするのではなく、原因に向き合うこと。ただ、そうは言っても、自分の失敗を直視するのは恥ずかしく、難しい。

 ちなみに、失敗しないためには、挑戦しないことが一番の得策です。しかし、それで良い研究開発ができるでしょうか。オフサイトミーティングでは「大いに失敗しようぜ」と呼びかけて、失敗を奨励する「リスク テイカー アワード」を設立しました。

 リスクの取り方にも大小があるため、リスク テイカー アワードは「クリフハンガー賞」と「タイガーズデン賞」の2種類があります。クリフハンガーは文字通り、腕1本で崖っぷちにぶら下がっている状態。タイガーズデン(Tiger’s Den)は虎の穴という意味で、万が一、虎が満腹だったら襲われずにすむかもしれない。そんなわけで賞金はクリフハンガー賞のほうが高額です。

 賞を設立した後、「どんな失敗をしたか、自慢しよう」と呼びかけたところ、我も我もと失敗談が集まり、結果的に難しいプロジェクトをやりたがる社員が増えました。とてもいい傾向です。

 ほかにも、「Think Big,Act First,and Fail Fast(発想を大胆に、とにかく手を動かし、早く失敗しよう)」「Repeat it till success(成功するまでやり続けよう)」という標語を作り、Tシャツにプリントして研究開発部門の約200人に配りました。社内のハッカソン(事業アイデアを競う技術交流会)の参加賞にしたところ、他部署の社員にも好評を博しました。

「地図よりコンパス」

 3回目は『 9プリンシプルズ 加速する未来で勝ち残るために 』(伊藤穰一、ジェフ・ハウ著/山形浩生訳/早川書房)を取り上げました。この本はMITメディアラボの行動原理について書いた本です。「地図よりコンパス」「権威より創発」「理論より実践」など9つの行動原理は、私たち研究開発にとって必要なものです。

『9プリンシプルズ 加速する未来で勝ち残るために』(伊藤穣一、ジェフ・ハウ著)。画像クリックでAmazonページへ
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 ただ、「地図よりコンパス」だと分かっていても、いざとなると全体地図がないと動けない人が多い。「それはどうやってやるんですか」と最初から答えを求めてしまうので、組織として不確実性に向き合えるよう、業務プロセスの改革やプロジェクトマネジメントの導入を行いました。「まずは動き出そう」とシニアマネージャー層の合意を得られた1冊でした。

強いリーダーシップは必要ない

 4回目は『 世界最高のリーダーシップ 「個の力」を最大化し、組織を成功に向かわせる技術 』(フランシス・フライ、アン・モリス著/桜田直美訳/PHP研究所)でした。

『世界最高のリーダーシップ 「個の力」を最大化し、組織を成功に向かわせる技術』(フランシス・フライ、アン・モリス著)。画像クリックでAmazonページへ
『世界最高のリーダーシップ 「個の力」を最大化し、組織を成功に向かわせる技術』(フランシス・フライ、アン・モリス著)。画像クリックでAmazonページへ

 3回目で『9プリンシプルズ』を読み、プロジェクトマネジメントを導入し、組織を大きく改編しました。階層を減らしてフラットにし、プロジェクトマネージャーがすべてのプロジェクトの権限を持つようにしました。しかし、そうなると、従来の「自分は管理職で部下が何人もいる」と誇りにしていたピープルマネージャー(いわゆる組織長としてチームを率いるマネージャー)の中には、「自分は何をすればいいのか」と感じる人もいました。

 私はピープルマネージャーには、プロジェクトそのものよりも、いい人材を育て、職場で協力し合う雰囲気を醸成してほしいと願っています。組織の成熟度を上げるには、まず自分が手本を示すべきだと思い、この本を選びました。

 本書ではリーダーシップを発揮して、どのように人を導くかが説明されていますが、リーダーシップとは必ずしも強い指導力を発揮することではありません。人に対して興味を持ち、その人にどういうアドバイスをするのかが重要な役割です。

 世の中にリーダーシップの本はたくさんありますが、この本がいいのは、「信頼を得るための3つの条件」「直観を磨く4つのステップ」「あえて苦手分野をつくる」などとシステマチックに書かれているため、実践しやすいことです。

 私はパナソニックに入社する前、日本アイ・ビー・エムと日本マイクロソフトで働きました。外資系企業らしくかなりリーダーシップ研修を受けましたが、どの教育プログラムでも共通していたのはアクティブリスニング、つまり傾聴です。本書にもやはり話を聞くことの大切さが書かれています。

 「自分のやり方について来い」と言いがちな上司もいるかもしれませんが、時代は令和です。昭和的なリーダーシップを考え直すのにもふさわしい1冊です。

 次回は残りの4冊について説明します。

取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美