二酸化炭素(CO2)削減の機運が高まる中、各国政府は2030~35年にエンジン車廃止を表明して電気自動車(EV)に傾注している。だが、本来目指すべき姿はEVシフトではなく、グリーン燃料/電力への転換も含めたカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)を実現することにある──。Touson自動車戦略研究所 代表(自動車・環境技術戦略アナリスト)で元トヨタ自動車技術者の藤村俊夫氏による2022年4月19日に開催された「東京デジタルイノベーション2022」の基調講演をお伝えする。その第4回。

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 エネルギーには2つの柱があります。1つはグリーン電力で、もう1つはグリーン燃料です。グリーン燃料として今期待されているのは水素です。

 図1は、横軸が放出(リーク)期間を、縦軸が貯蔵量を示しています。再生可能電力の課題は安定性です。今後、再生可能電力が増えると、とても不安定になります。2018年に地震の影響によって北海道で起きたブラックアウトのような状態が起きないとは限りません。日本はスマートグリッドができていない情けない状態です。このまま何も手を打たないと停電する可能性があるのです。

図1 水素燃料への転換(水素社会実現への動向)
図1 水素燃料への転換(水素社会実現への動向)
(出所:Touson自動車戦略研究所)
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 これを避けるために、余剰電力を活用してエネルギーを貯蔵する方法があります。ところが、2次電池の貯蔵期間はせいぜい1週間で、貯蔵量もせいぜい100MWといったところ。しかも重く、大きく、高いという特徴もあります。これに対し、水素の貯蔵期間は1シーズンレベルで、10GWくらいまでの貯蔵が可能です。トラックで運ぶこともできます。こうした利点から、水素が注目されているのです。

 直接水素を使う場合もあると思いますが、水素をベースに水素と一酸化炭素(CO)から合成液体燃料(e-fuel)を、水素と窒素からアンモニアを、水素と二酸化炭素から合成メタンガスを造ることもできます。これらを生かせば、現在のインフラが全て使えます。クルマの燃料としても、ガソリンに混ぜてそのまま使うことができます。

 ところが、日本の再生可能電力では難しい。では、どうするか。海外で、しかもオフグリッドでグリーン燃料を造りましょうというのが、私の考えです。例えば、風力発電といっても別にグリッドにする必要はありません。海外で発電して水素や水素をベースとしたグリーン燃料を造るのです。そして、それを日本に運んでくる。従来の石油タンカーや天然ガスタンカー、アンモニアタンカーなどを使えるわけですから。こうした政策を日本政府には立ててほしいと思っています。

日本のグリーン電力化は困難を極める

 ここで、グリーン電力がなぜ難しいかという話をします。平地に設置されている太陽光パネルの比率は、日本は世界一です(図2)。崖崩れなどが起きそうな危険な場所(ハザードマップ域)に設置されている太陽光パネルは40%程度あります。しかも、ここ数年で土砂崩れなどによって15%が破壊されています。残りの設置場所は、休耕地と屋根ということになります。

図2 水素燃料への転換(水素社会実現への動向)
図2 水素燃料への転換(水素社会実現への動向)
(出所:Touson自動車戦略研究所)
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 風力発電については、海洋上に設置し、目標は2030年に10GWという話があります。これを聞いて私はとても驚きました。なぜなら、10GWというのは総電力のわずか2.2%にすぎないからです。2030年に再生可能電力の比率を38%にすると言っているのに、現状は18%なので、ここから20ポイントも増やさなければならないのです。にもかかわらず、風力発電は2.2%。ここでも、経済産業省の辻褄(つじつま)が合いません。

 図3に示す通り、日本ではセクターごとにさまざまな燃料を使っています。電力だけではなく、各セクターでいろいろな化石燃料を使用しているのです。これらの化石燃料をどのようにグリーン燃料やグリーン電力に変えていくか。これをタイムスケジュールを踏まえつつ、必要供給量がいくらで、それをどこから供給し、どこで製造するといった計画を作るのが経済産業省の仕事です。そして、産業界に従事する全ての人にこうしたことに興味を持ってほしいと思っています。

図3 各セクターを対象としたグリーンエネルギー
図3 各セクターを対象としたグリーンエネルギー
(出所:Touson自動車戦略研究所)
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メタネーションで造ったグリーン燃料を輸入する

 最近注目が集まっているe-fuelは、フィーシャー・トロプシュ法で合成されます。この方法は少し工程が多く、エネルギー変換効率が低くてコストがあまり下がらないという特徴があります。ドイツAudi(アウディ)が先行し、日本ではトヨタ自動車やホンダ、日産自動車が開発を進めていますが、少し見直しが必要です。

 図4は大阪ガスが取り組んでいるメタネーションです。再生可能電力で水の電気分解とCO2のCOと酸素(O2)への分離を同時に行い、これでできた合成ガスを反応(メタン化反応)させて合成メタンガスを造ります。このメタン化反応を先ほどのフィーシャー・トロプシュ法にすればe-fuelができるわけです。

 面白いのは、このメタン化反応で水素とCOを反応させるのは発熱反応であることです。この熱エネルギーをマネジメントし、水素およびCOの製造時のエネルギーに活用する。すると、水素を単純に分解すると効率が80%以下であるのに対し、この方法では90%まで高められると大阪ガスが発表しています。

 こうした技術を活用し、オーストラリアやサウジアラビア、オマーン、アラブ首長国連邦(UAE)などにオフグリッドの専用プラントを建設してグリーン燃料を造る。これを日本に輸送し、一部は東南アジアにも送る。これくらいのことを日本がしなければ、世界に貢献したとは言えないのではないでしょうか。日本の政府や産業界が自分たちさえよければそれでよいなどと思っていると、いつか大変な目に遭うと私は思います。

図4 メタネーション(合成メタンガス製造法)
図4 メタネーション(合成メタンガス製造法)
(出所:大阪ガスの資料を基にTouson自動車戦略研究所が作成)
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水素300万tの妥当性

 図5は、水素コスト削減には水素キャリアの導入が必要だということを表したものです。時々新聞をにぎわせていますが、オーストラリアで造った水素を液化して運ぶ専用船を高いコストをかけて造り、その船で液体水素を日本に持ってくるという実証実験が始まっています。

 しかし、水素を液化すると高いコストがかかります。水素とトルエンを反応させてメチルシクロヘキサン(MCH)を造る。これは常温・常圧の状態で液体ですから、石油タンカーでも運べます。こうして日本に持ってくればよいと思います。熱の問題はヒートマネジメントを使ってロスを減らす。こういうことをどんどんやっていくべきでしょう。ENEOSがやっと手を挙げました。

 この技術を活用すれば、海外で造った水素から生み出した水素キャリアを輸送するための船やインフラに既存のものが使えます。e-fuel、アンモニア、合成メタンガスも同様です。既存のインフラを使いこなせば、コストを下げることが可能です。

 ところが、こうした話を真剣にしている人が日本にも世界にも見当たりません。これは日本連合で進めるべき内容です。

図5 水素コスト削減には、水素キャリアの導入が必要
図5 水素コスト削減には、水素キャリアの導入が必要
(出所:大阪ガスの資料を基に筆者が作成)
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 グリーン燃料として期待される水素に対し、日本も水素・燃料電池戦略協議会を立ち上げて水素を拡大すると言っています。しかし、その目標は2030年で最大300万t。これに対し、欧州は2030年に1000万tの供給を目指しています。

 電力以外の化石燃料の2.54億toe〔石油換算トン、1万653PJ(ペタジュール)〕の45%を単純に水素に置き換えると3967万tとなります。各産業が効率化を必死に進めても2000万t(輸入含めて)は必要です。300万tでは全く足りないことは明白です。日本政府は、エネルギー戦略において2030年までに少なくとも2000万tの水素を確保する道筋をつける必要があります。その一方で、各産業は効率化を推進し、全産業でCO2の45%削減の達成に向けた開発を進めなければなりません。

藤村俊夫(ふじむら としお)
Touson自動車戦略研究所代表(自動車・環境技術戦略アナリスト)
藤村俊夫(ふじむら としお) 愛知工業大学工学部客員教授(工学博士)。1980年に岡山大学大学院工学研究科修士課程を修了し、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。入社後31年間、本社技術部にてエンジンの設計開発に従事し、エンジンの機能部品設計(噴射システム、触媒システムなど)、制御技術開発およびエンジンの各種性能改良を行った。2004 年に基幹職1級(部長職)となり、将来エンジンの技術開発推進、将来の技術シナリオ策定を行う。2011年に愛知工業大学に転出し、工学部機械学科教授として熱力学、機械設計工学、自動車工学概論、エンジン燃焼特論の講義を担当。2018年4月より同大学工学部客員教授となり、同時にTouson自動車戦略研究所を立ち上げ、自動車関連企業の顧問をはじめ、コンサルティングなどを行う。

日経クロステック 2022年5月16日付の記事を転載]

(第5回に続く)

■藤村俊夫氏の著書『EVシフトの危険な未来 間違いだらけの脱炭素政策』の「はじめに」をお読みいただけます。>>【まいにち「はじめに」】へ