買い物客がショッピング環境に満足せず、我慢しているのはなぜでしょうか。「ショッピングの科学」を論じてベストセラーとなった『 なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学 』(パコ・アンダーヒル著/鈴木主税、福井昌子訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫)を岸田雅裕・ラッセル・レイノルズ・アソシエイツ日本代表が読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔戦略・マーケティング編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

買い物客のニーズに応える

 ショッピングの科学の第1原則は、買い物客は皆同じ人間で、性別や年齢などの相違点よりも共通点が多いということです。ショッピング環境を整える側がそのことを認識せず、対応し損ねている場合が往々にしてあると言います。

 手で持てる量、移動中に読める文字数の限度など基本的な事柄が買い物を決定しているのに、ショッピング環境を企画する人はそれらを無視し、自己本位に考えがちだと本書は指摘します。

 この本が取り上げている事例は、読んでしまえば「そりゃ常識でしょう」というものが多数です。例えば、入り口からしばらくは移行ゾーンで、お客はまだ買う準備ができていないこと。「買い物客が商品を見るとされているゾーンは、目の高さよりも少し上から膝の高さまでである」こと。「もし顧客が平均2週間ごとに来店するなら、ウインドーやディスプレーをその頻度で変える必要がある」ことなどです。

 しかし、今も買い物客がショッピング環境に満足せず、我慢しているのはなぜでしょうか。旧来の固定観念にとらわれたり、経営的な数値目標に追われたりして、「自分が買い物客だったら、どうしてもらえば買ってしまうのか」という想像力に欠けているのではないでしょうか。

 著者は、店内掲示や案内は「3次元のテレビコマーシャル、言葉や思考やメッセージやアイデアを詰め込んだウォークイン・コンテナ」で、「コマーシャルの脚本、監督と同じく、問題は何を、いつ、どのように言うか」が重要だと言います。

 店舗内にソファを置き立ち読みも歓迎したバーンズ・アンド・ノーブルは全米最大の書店チェーンになり、アマゾン・ドット・コムが急成長した今も頑張っています。日本でも店内カフェを導入した書店は人気です。買い物客のニーズに応える柔軟性の大切さが証明された例です。小売業や飲食業に限らず、銀行などもその点は同じです。

米国のバーンズ・アンド・ノーブルは全米最大の書店チェーンになった(写真:JHVEPhoto/stock.adobe.com)
米国のバーンズ・アンド・ノーブルは全米最大の書店チェーンになった(写真:JHVEPhoto/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

POSでわかるのは「売れた商品」のことだけ

 前回「 なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学の3段階 」と同様、今回も買い物客のリサーチャー体験を続けます。ところで、ビッグデータの時代と言われる今、買い物客のリサーチに意味があるのでしょうか。

 商品の販売実績データは、何十年も前からPOS(販売時点情報管理)システムで把握できています。ポイントカードと組み合わせれば、顧客属性と関連づけた分析も可能です。さらに今では、店頭での買い物客の一挙手一投足を記録し、「ある商品は手に取られるが棚に戻される確率が高い」とか、「ブランドAとブランドBで比較購買されることが何%の確率で起こり、ブランドAが最終的に買い物かごに入れられる勝率は何%」ということまでわかるシステムが実験導入されています。

 であれば、そういうシステムに任せておけばよいのではないか、という疑問が湧くでしょう。システムならば、人力と違って24時間365日の自動記録や分析の自動プログラミングも可能だからです。

 しかし、POSデータをいくら分析しても「売れた商品」についてしかわかりません。また、膨大に蓄積されるデータからどのような分析をしたら有効な手段に結びつくのかという仮説は、実際に売り場を熟知していないと簡単には導き出せません。そのときに有効な方法の1つが、買い物客のリサーチや観察をして、「なぜ買わなかったか」を考え抜き、脳のシナプスがつながった経験だと筆者は考えます。リサーチは、いわば「筋の良い仮説」を出すための、いわば筋トレのようなものです。

ファストフードはコミュニケーションの達人

 さて、今回の買い物客リサーチは、店内コミュニケーションに着目してみます。著者によれば「ファストフード業界ほど掲示や案内を研究しているところはない」そうです。

 ファミリーレストランとファストフード店を比べると「ファミリーレストランでは、テーブルテント(訳注 卓上店頭販促<POP>のこと。ボール紙の三角形の囲いで、塩とコショウをまとめて置くもの。囲いの部分に様々な情報が掲載されている)を読む客は2%で、ファストフード店では25%だった。劇的な差だが、理由は簡単。ファミリーレストランの客は、2人から4人(あるいは家族)連れが多い。おしゃべりに夢中でメッセージに気づかない。だが、ファストフード店の典型的な客は1人で食べる。死ぬほど気晴らしを求めているので、ぎっしりと文字が書かれたトレーの下敷きに読みふけり、スティーブン・キングの新刊の第一章でも印刷されていればそれも読んでしまうだろう……。ファストフード店の座席では、よそだったら見向きもされないメッセージも読まれること請け合いだ」。

 さて、この記述は今から20年以上前の米国でのもの。今の日本でもそうなのでしょうか? 筆者は日曜日の午後、マクドナルドの大型店舗を訪れました(調査は本稿執筆時点のもの)。1階のカウンターで注文し、商品を載せたトレーを持って階段で2階に上がると、かなり混雑していました。席を立つ人を探しながら店内を回り、やっとフロアの半分が見渡せる席を見つけて、来店客を数えてみました。

 店内の半分のエリアに、1人客23人、2人連れ5組10人、3人連れ4組12人、4人連れ1組4人、合計49人です。そのうち、パソコンを開けていた客15人、スマートフォンをいじっていた客14人。3人連れ以上にパソコン及びスマートフォンを使っていた人はいなかったので、1人客と2人連れの89%がパソコンかスマートフォンを使っていたことになります。

 フロアを見渡すと、何のメッセージもありませんでした。机の上にも何もなし。トレーの下敷きは表面がアルバイト募集など自社情報、次のキャンペーンのクーポンチラシだけ。この店にいる客は「死ぬほど気晴らしを求めている」のかもしれないけれど、インターネットにつながることで満たされているので、もはやテーブルテントも店内の掲示板も不要のようです。むしろ、どうぞインターネットでそれぞれの世界をお過ごしくださいという価値をコミュニケートしていると考えます。

 トレーの下敷きは誰も見ていなかったようですが、マクドナルドの集客力を享受したいと思っている近隣の店舗とのコラボレーションの可能性があると思います。トレーを広告媒体にして他店の情報を提供する代わりに、当該店舗から一定の収入を得るビジネスはあり得るでしょう。

「体感待ち時間」を縮めるカギは公平性

 さて前回と同様、この店舗に改善可能な点がないか考えてみましょう。

 待ち時間の問題:「買い物客がサービス面について評価を下す材料はただ一つ、待ち時間である」「不確実性を取り除けば、体感時間を短くすることができるのだ」

 ファストフード店では、列の長さを見て並ぶかどうかを客が許容範囲かどうかを判断し、待つ間にメニューを読んでどれにするか考えます。スマートフォンがあれば、長い待ち時間も「縮める」ことができます。問題は、商品をトレーに載せて空きそうな席を見つけてさまよう時間。着席して食べるまでは、客にとっては待ち時間です。

 食べ終えそうな先客に早く席を空けてほしいと目力でシグナルを送ったり、後からフロアに入ってきた客がたまたま近くに空いた席に体をすべり込ませたりするのを見て舌打ちしたりすることは、待ち時間の長さ以上にストレスになります。

 先着順に席に着けることが確認できれば、客は安心し、トータルでの「待ち時間」も短く感じるはずです。カウンターでトレーを受け取った客は列に並んで、案内係が先に空いた席に先着順に誘導する方式を導入した方がよいと思います。トレーで両手がふさがっている客はスマートフォンも使えず、案内係の一言が大きな助けになるはずです。

 混雑時に案内係を置く人件費を考えると費用対効果が懸念されますが、恐らく1日のうち1時間程度のことと思います。不愉快な経験をした客がその記憶を忘れるまで二度と来ないというロスを考えると、トライしてみる価値はあると思います。

 優れた小売業、外食業の経営者は、お客の目線で見たディテールに注目し、新しいアイデアに生かしています。1つひとつの発見を「きちんと面白がれる」かどうかが、重要な資質のようです。

『なぜこの店で買ってしまうのか』の名言
『なぜこの店で買ってしまうのか』の名言
画像のクリックで拡大表示
MBA定番書を一気に読破

ポーターら巨匠の代表作から、近年ベストセラーになった注目作まで、戦略論やマーケティングに関して必ず押さえておくべき名著の内容を、第一線の経営学者やコンサルタントが独自の事例分析を交えながら読み解きます。

日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2640円(税込み)