ネットに情報があふれ、AI(人工知能)による自動化が進む時代だからこそ、確かな知識を効率良く得られ、考える力と問いを立てる力を養える「本」の役割が重要になっています。こうした本の力を人材育成と組織づくりに最大限活用しているのが、クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードグループです。同社は、創業13年で売上高が500億円超、社員数が2810人にまで急成長しました。いったいどのような取り組みをしているのでしょうか。マネーフォワードグループCHO(Chief Human Officer)の石原千亜希さんと、同社の取り組みをまとめた書籍『会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」』(日本経済新聞出版)の著者でノンフィクションライターの宮本恵理子さんが登壇したトークイベントの模様を3回に分けてお届けします。第2回のテーマは、組織づくりにおける本の有用性や読書会についてです。

※このイベントの動画は こちら からご覧いただけます。

よく題材になる“テッパン”の本

ノンフィクションライター・宮本恵理子さん(以下、宮本) マネーフォワードでは、有志による読書会や勉強会が行われていて、リーダーとしてレベルアップを目指す「Leadership Forward Program(LFP)」や、定期開催される経営会議でも課題図書や推薦図書が出されますよね。よく題材になる本の代表例を紹介していただけますか。

マネーフォワードグループCHO・石原千亜希さん(以下、石原) 元インテルCEO(最高経営責任者)のアンドリュー・S・グローブさんの『 HIGH OUTPUT MANAGEMENT(ハイアウトプット マネジメント) 人を育て、成果を最大にするマネジメント 』(小林薫訳/日経BP)は“テッパン”と言えるほど各会でよく題材になります。『 アマゾンの最強の働き方 Working Backwards 』(コリン・ブライアー、ビル・カー著/紣川謙監訳/須川綾子訳/ダイヤモンド社)は結構分厚い本ですが、これもよく題材になるので、多くの社員が読んでいると思います。また、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さんの『 経営者になるためのノート 』(PHP研究所)は、リーダーシップ系の研修で活用させていただいています。

石原千亜希さん(右)と宮本恵理子さん。イベントは東京・日本橋兜町の「Book Lounge Kable」で行われた(写真:鈴木愛子)
石原千亜希さん(右)と宮本恵理子さん。イベントは東京・日本橋兜町の「Book Lounge Kable」で行われた(写真:鈴木愛子)
石原千亜希(いしはら・ちあき)
マネーフォワード 取締役執行役員 グループCHO(Chief Human Officer)、DEI(Diversity, Equity & Inclusion) 担当
2012年に有限責任監査法人トーマツに入所し、2015年に会計士登録。2016年に株式会社マネーフォワードに入社し、IPO(新規株式公開)準備などに携わる。株式上場後は経営企画部長・IR(投資家向け広報)責任者として、海外公募増資、東証1部への市場変更、サステナビリティプロジェクトの立ち上げなどに従事。2021年に人事に主務を移し、同年よりPeople Forward本部 本部長として人事制度改定プロジェクトなどを主導。2023年、CHOに就任。

宮本恵理子(みやもと・えりこ)
インタビュアー、ノンフィクションライター、編集者
1978年、福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP)入社。『日経WOMAN』編集部、新雑誌開発などを経て、2009年末より独立。AERA『現代の肖像』、NewsPicks『仕事の哲人』、Business Insider Japan『ミライノツクリテ』、日経ビジネス電子版『僕らの子育て』など、人物ドキュメンタリーの取材執筆を積極的に行う。個人向けオーダーメイドの本づくり「家族製本」やインタビュー&ライティング講座を主宰。

宮本 課題図書や推薦図書は、会に参加する前に読んでおくんですよね。

石原 ええ。輪読会はしていないので、読んでから参加して、読んで考えたことを共有してみんなで議論していく、というパターンになっています。

宮本 すると、自分の業務や今の持ち場で抱えている問題と、本の内容を照らし合わせて感じたことを発表する、といった形でしょうか。

石原 まさにそういう感じです。今、私は、人事部門で有志の勉強会を主催していて、この会では他社の人事関連の本として、IT企業のSHIFTさんについて書かれた『 SHIFT解剖 究極の人的資本経営 』(飯山辰之介著/日経BP)を題材にしています。SHIFTさんと当社は結構カルチャーが違っていて、コントラストが面白いなと思ったので選書しました。勉強会の参加者には、読んでいいなと思った点や差を感じた点などをピックアップしておいてもらって、それをおのおのが発表して議論しています。どの会も、だいたいそういう流れになっていると思います。

動画ではなく本を題材にする効果

宮本 研修の進め方にはいろんなやり方があります。動画視聴を課題として出す研修もありますが、本を題材にする方法ならではの効果はなんだと思いますか。

石原 本を読むと、自然と自分との対話が生まれて、いろんな思考が巡るものです。動画だと、流れていく映像と一緒に思考も流れがちですが、本なら気になった箇所でいったん止まって考えることができます。その時間がすごく大事で、ちゃんと考えるから自分の血肉になるのではないか、と。だから、研修の場でも自分の意見として自信を持って発表することができ、参加者の意見と照らし合わせながらより理解が深まるのではないか、と思います。

宮本 なるほど、本だと各人が自分のペースで咀嚼(そしゃく)して、思考を深められるというわけですね。今のお話を聞いて、マネーフォワードの成長戦略の1つ「メンバー一人ひとりが自律的に成長する」を思い出しました。本がその実現の一因になっていますね。

「本だと自分のペースで咀嚼して、思考を深められる」と話す宮本さん
「本だと自分のペースで咀嚼して、思考を深められる」と話す宮本さん

石原 今は、なんでもAI(人工知能)に聞けば簡単に答えを得られる時代になりましたよね。だからこそ、何を問うかが重要で、その問う力は本を読んで自分の頭で考える、というプロセスによって養われるように思います。古典的な手法と言われるかもしれませんが、これ以上に本質的な代替案は浮かびません。その意味で、速読や多読をして知識を増やすことよりも、本のどこに着目して、どんなふうに考えるかに重きを置いています。つまり、知識の量より、思考の質を重視します。

宮本 マネーフォワードのように、本を読んだ感想や気づきをみんなで共有する場があると、それもセットで読書の楽しみが増しそうです。

石原 シンプルに、1つのトピックについて、みんなでワイワイ話し合うのは楽しいですからね。同じ本でも、着眼点や捉え方が人によって違ったり、まったく違った読み方をしていたりすることがあるので。そこに共感したんだ、そこで違和感を覚えたんだ、という発見が毎回あります。参加メンバーの意外な一面に出合えるという意味で、相互理解にもつながっています。

宮本 つまり、チームビルディング的な効果もあるんですね。

石原 おっしゃる通り、本はチームビルディングにも非常に役立っています。

会の設計は常に試行錯誤

宮本 課題図書を設定するとき、選書に困ることはありませんか。『会社は「本」で強くなる』では、取締役・執行役員がそれぞれ課題図書を指定し、マネージャー層がそれらの本を読んで課題や戦略について議論する「読書セッション」を紹介しています。その選書を担当した取締役の方が、「参加者がこのテーマについてどれくらい知っているかを踏まえて選書しないといけないから、普段の観察力が問われました」とおっしゃっていたことが印象に残っています。

石原 「読書セッション」を宮本さんに取材していただいたときは試行錯誤中で、ファシリテーターに選書も任せていたときでした。今思えば、だいぶむちゃぶりしていたな、と(苦笑)。最近は人事サイドで大枠のテーマを考え、誰がファシリテーターとして適任かを決め、ファシリテーターにお題を踏まえて選書してもらう、というやり方にシフトしています。

宮本 ということは、今後もより良い“最適解”を求めて、運営法が変わる可能性がありそうですね。

石原 はい、試行錯誤は常にしています。「LFP」も毎年やっていて今年で5年目になりますが、参加者の課題意識やスキルの習熟度が微妙に異なるので、細かなチューニングが欠かせません。最初、このプログラムは1つでしたが、のちに2つに分けたのは、参加者のレベルにより合わせるためでした。また、当社のエンジニア部門の公用語が英語なので、最近は英語での対応も行っています。

「常に試行錯誤しています」と話す石原さん
「常に試行錯誤しています」と話す石原さん

失敗しない選書のコツ

宮本 実は『会社は「本」で強くなる』の発売後、「うちの会社でも読書会をやってみたいけど、どういう本を選んだらいいのか分からない」という声を結構いただいています。何かアドバイスはありますか。

石原 なぜ読書会をやりたいと思われたのか、そこを深掘りするとおのずと答えが出てくるのではないでしょうか。例えば、スキルや知識のレベルアップとして最新のマーケティング手法を自社の共通言語にしたいのか、あるいは自社のカルチャーやマインドセットを醸成するために心理的安全性を高めたいのか。または、経営理念やビジョンを共有するために自社の進むべき方向性を議論したいのか。そうした何かしらの課題を感じているから、読書会をやりたいと思われたはずです。

 だからまず、やりたいと思った動機に立ち返ってください。それが分かったらテーマ設定と選書に進み、誰をファシリテーターにすると議論が弾むか、という観点で座組みを考えるといいと思います。

宮本 読書会をやること自体が目的になってしまうとよくないのですね。あくまで読書会は手段で、真の目的は課題解決にある、と。

石原 気負いすぎないこともポイントです。われわれも試行錯誤を繰り返しています。最初から「全社的な取り組みとして定着させるぞ」というふうには思わずに、まずは有志で数人集まればよし、というスタンスです。例えば、私が主催している人事の勉強会は、1クールで最大9人までと決めています。とりあえず9人でやってみて、メリット・デメリットのバランスを見ながら、必要があれば調整をして、次の展開を考えようと思っています。

宮本 なぜ、9人なんですか。

石原 私が直接フィードバックできること、かつ参加者同士の対話が弾むマックスが9人ぐらいだと思ったからです。これらの条件を満たせないと、勉強会を開く意味が薄れてしまいます。

宮本 やはり、なぜこの会をやりたいのか、という動機がカギになるんですね。読書会をやりたいけれどどうしたらいいか分からないという人は、ぜひ一度、動機を深掘りしてみてください。読書会の実現に向けた具体的なヒントが得られるに違いありません。

『会社は「本」で強くなる』を手にする石原さんと宮本さん
『会社は「本」で強くなる』を手にする石原さんと宮本さん

文/茅島奈緒深 写真/鈴木愛子

クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードは、創業13年で売上高500億円超、社員数2810人にまで達している。急成長を支える「本」活用の秘訣を、辻庸介グループCEOから現場の社員まで徹底取材。全社に根づく「読書文化」を明らかにする。

宮本恵理子著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)