「安さ=価値」であると考え、利益よりも売上数量を伸ばそうとする。多くの企業が陥っている施策だが、実際には「単価を上げる」ことこそが、最も重視されるべきなのだ。今回は、書籍『プライシング 戦略×交渉術 実践・B2Bの値決め手法』(下寛和著/日経BP)より、値上げすることが利益以上に大きなメリットを生み出すメカニズムを見ていきたい。

「値段が安い」を価値にしない

 安さで勝負しない、価値を創造して価格を上げる、といわれても具体的に何をすればよいのか。ここではインスピレーションの一つとして、面白い事例を紹介したい。

 北海道にある旭川電気軌道という路線バス会社の話である。同社は、2026年に創立100周年を迎える。その記念事業の一環として、三菱ふそう製の大型バスMR430の復元計画を始動させた。MR430は日本で14台しか生産されなかった希少な車両。そのうちの1台が1963年に旭川市内で運行を開始し、1978年に老朽化で現役を引退。その後、野ざらしで放置され、隣町の自動車整備工場でスクラップ寸前になっていたところを偶然同社が見つけて購入した。設計図は残っていなかったため、写真や当時を知る人の話を頼りに、1年以上かけて復元作業を進めたという。

 その後、同社は、2022年10月に44年ぶりの営業運行を企画。参加は30組限定。参加料は1人3万3000円と値が張る。復元作業の過程で当時のエンジンが奇跡的に動いたが、万が一壊れてしまうと部品がなくてもう直せない状態だそうだ。そのため、営業運行は今回限りとし、今後は展示を予定しているという。つまり今回の乗車機会を逃してしまうと、もう二度と乗れないのだ。チケットは発売翌日に完売した。

 営業運行の参加者は北海道から九州、沖縄まで全国から集まった。地元のニュース番組のインタビューに対して、「まるで模型の世界に入り込んだようで貴重な体験だった」「中に乗ってみると奥行きに迫力があった」「サプライズの記念品として同型の車両模型とつり革のレプリカまで配られて感動した」など、喜びの声が集まった。中には、「参加料は倍払ってもいい。そのくらいの価値がある」と、価格に対して安すぎるという意見まで聞かれた。

 とりわけ最後の方のコメントが興味深い。参加料が安すぎることで自分がチケットを手にできないリスクを懸念した発言とも読み取れる。商品・サービスの価値を感じてもらえれば、価格の上限のバー(リミッター)が外れる。それにより消費者は高くても喜んでお金を払ってくれる。つまり、安くすることが価値なのではなく、価値を感じてもらうことが最も大切なのだ。

 これはB2Bでも同じである。自社の商品・サービスに独自の付加価値がある企業は、臆せずに消費者、取引先に正当な対価を提示すべきである。逆に独自の付加価値が見当たらない企業は、そこから見直さなければ値付けだけではどうすることもできない。旭川電気軌道のケースは、価値とは何か、価格とは何か、について深く考えるきっかけを与えてくれる。

軽視される利益と単価

 私はコンサルタントという仕事を生業にしている関係で、企業のマネジメント層の方々と会話をする機会が少なくない。その中で感じるのが、販売数量やコストに比べて単価が軽視されている、ということだ。

 特に、売上数量×単価-コスト=利益という文脈で事業の戦略を語るシーンでは、必ずといっていいほど売上数量の話が中心となる。単価をメインに相談を持ち掛けられるケースは少ない。

 現在の経営層は30代、40代までバブル経済の真っただ中を生きてきた。当時は売り上げが右肩上がりで伸び、それによって株価も上がっていった。常に前年以上の売上数量を達成することが企業の成長と株主の期待に応えることにつながっていたため、そのような時代を生きてきた経営層の目が売上数量に向くのは自然なことである。企業の中期経営計画、事業計画、個別の月次の業績管理を見ても、まずは売上数量を起点に会話がスタートすることに、売上至上主義が如実に表れている。

 しかし、これからの日本は人口減少に伴い、経済も縮小均衡していく。2050年の国内人口は約9500万人と推計され、現在から約3000万人も減る。量が稼げなくなるのだ。そのような中で重要なことは売上数量を追い求めることではなく、持続可能な利益を志向することである。

 そのため、先ほどの数式も、売上数量が起点になっていたが、実は、利益=売上数量×単価-コスト、のように左辺に利益を置き、利益を中心に経営を語らなければならない。と同時に、量が稼げなくなる中、どうすればもっと単価をアップできるかについて、知恵を絞る必要がある。

 続けて、単価アップがどのような効果をもたらすかについて、定量面と定性面から解説する。

 図表1を見ていただきたい。ここでは説明を簡単にするために、値上げ前の商品の単価を1000円、利益を300円、月間の売上数量を1000個として計算する。すると月間の利益は300円×1000個=30万円となる。

図表1 値上げの効果
図表1 値上げの効果(出所)『プライシング 戦略×交渉術』
(出所)『プライシング 戦略×交渉術』
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 では、商品を300円値上げ(3割増し)したらどうなるだろうか。まず、商品の単価が1000円+300円=1300円となる。そして利益は300円+300円=600円に上がる。仮に値上げ前の月間の利益であった30万円を達成しようとした場合、必要な月間の売上数量は、30万円÷600円=500個となる。

 つまり3割増しすると、仮に売上数量が半分減っても利益は維持できるのだ。しかも、売上数量を追い求めなくて済む分、商品・サービスの価値向上やロイヤルティーの高いお客様への手厚いフォローにリソースを割けるようになる。それによってイノベーションが生まれ、リピート率が上がることでより単価を上げやすくなる。シンプルな計算ではあるが、値上げの効果を肌で感じていただけたのではないだろうか。

「値段が高いこと」の副次的効果

 また、値段が高いことには副次的な効果もある。消費者や取引先がその理由を知りたくなるのだ。どら焼きがコンビニで1個100円で売られていても誰も何の疑問も抱かない。しかし、銀座で1個1000円で売られていたらどうだろうか。消費者はなぜそんなに値段が高いのか、その理由を知りたくなるはずだ。

 お店側はよく聞いてくれましたと言わんばかりに、小豆(あずき)の産地やあんのこだわり、生地の特徴、贈答用の桐(きり)の箱など、値段が高い理由を説明し、それに納得した消費者は喜んでお金を払う。良さ(価値)が伝われば値段は上がる。値段が上がるから、贈答用の箱までこだわることができる。いいものと高いものの補完関係が成立しているのだ。

値段が高い理由に納得すれば、消費者は喜んでお金を払う(写真:Nishihama/stock.adobe.com)
値段が高い理由に納得すれば、消費者は喜んでお金を払う(写真:Nishihama/stock.adobe.com)
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 消費者や取引先がほしいと思うものでなければ高い値段はつけられない。商品・サービスがリリースされた当初は魅力があっても、後で競合に追いつかれたり、時代の中で欲しいと思われるモノやサービスの中身が変わったりすれば、需要は低迷し価格は維持できない。コストアップによる値上げは消費者や取引先目線では受け入れ難い。価値の向上によってコストアップを跳ね返す。そしてその商品・サービスの魅力を正しく伝え、正当な価格で買っていただかなくてはならない。

 企業の経営はいつの時代も常に試練に向き合い、チャレンジを繰り返している。業績をアップさせ、雇用を創出し、従業員に報いる。消費を活性化させ、日本経済の持続的な発展に貢献する。価値の創造と正当な対価を反映したプライシング。日本の経営者への期待はとても大きい。

B2Bのビジネスで起こりがちな「値決めの悩み」に答えます。交渉で主導権を握るポイントを4つの視点から分析。12業界の成功事例も解説しました。ロジカルな値決め手法から、心理的な駆け引きまでを網羅した決定版です。

下寛和著/日経BP/2200円(税込み)