電子機器を販売するキーエンスは、営業利益率が驚異の50%超えと製造業の中で群を抜いて高い。定価を決めずに徹底的に効果を売り込む姿勢、「1位にならないものは作らない」という独自の方針は、そのすべてが強気な価格設定を支える根拠となる。今回は、書籍『プライシング 戦略×交渉術 実践・B2Bの値決め手法』(下寛和著/日経BP)より、キーエンスが高い利益率を上げ続ける値付けの思考法についてご紹介する。

価格で売らずに効果を売る

 価値創造やイノベーションという文脈で真っ先に頭に浮かぶ企業の一つにキーエンスがある。営業利益率が驚異の50%を超えており、製造業の中では群を抜いて高い。平均年収が2000万円、生涯年収が7億円を超えることでも知られている。主力製品はセンサーや測定機。一般の消費者にはなじみが薄いが、工場や倉庫などの検査や在庫の入出荷管理の効率化・自動化をはじめ、ファクトリー・オートメーション(FA)に貢献している。

 彼らの強みは、圧倒的な技術力を背景に、次々と革新的な製品を世に送り出している点にある。新たに生み出す製品の実に7割が世界最速、世界最小など、「世界初」「業界初」であることには驚きを隠せない。5000円程度のセンサーから2000万円もするマイクロスコープまで、扱う製品の幅も広く、プロダクトポートフォリオもしっかりとしている。

 代理店を介さないダイレクトセールスの形態をとっていることもあり、取引先の潜在ニーズを営業担当者が直接捉え、それを自社の商品企画、商品開発部門にフィードバックしてモノづくりにつなげている。なお、自社では工場を持たないファブレス企業であることも特徴的。組み立てや保守は子会社のキーエンスエンジニアリングが担当している。

 キーエンスのモノづくりにおいて、ユニークな方針がある。それは、「1位にならないものは作らない」というものだ。例えば、彼らの製品に、読み取り距離が世界最長のバーコードリーダーがあるが、この機能はキーエンスにしか作れない、キーエンスがダントツである、という1丁目1番地の領域を見つけ、そこで圧倒的な仕様の製品を開発。勝てる戦(いくさ)しか行わないのだ。競合との競争に巻き込まれない分、取引先には当然、高い値段を提示して販売することができる。

 なぜこのようなことができるのか。もちろん高い技術力、製品開発力を有しているのは大前提だが、それだけでなく、営業の切り込み方と、商品開発の判断が秀逸である点が大きい。営業は、取引先の工場で検査機器を使用しており、製品の良さが分かる現場担当者を見つけて張り付く。そこで今の検査業務に何時間かかっているか、キーエンスの製品を導入するとそれがどう短縮されるかを計算し、その「効果」を徹底的に売り込むのだ。価格ではないところで良さを感じてもらうことがポイントである。

 既存製品で対応できない場合、取引先の要件を商品開発側にフィードバックし、製品をカスタマイズするか検討を行う。なお、興味深いことにキーエンスには、1位にならないものは作らないという方針だけでなく、汎用化できない製品は開発しないというポリシーもある。

 1点ものは量産がきかないため、コストのスケールメリットが発揮できない。原価企画の段階で営業利益率が40%以上を狙えないものは上市しないという彼らの考え方と相反するのだ。そのため、必ずしも取引先の要件が既製品では完全に満たせなくても専用開発は行わず、営業が既製品で出せる効果とコストパフォーマンスを取引先と握り、契約に結び付ける。世に送り出す製品すべてで確実に利益をたたき出せるカラクリはこの辺りにあるのかもしれない。

 キーエンスには売り上げを上げるという考え方はない。営業担当者には売上目標はなく、利益目標しかないのだ。そのため、取引先から数量を多く購入するから単価を下げてほしいというリクエストを受けても対応しない。このスタンスが限界まで値下げを我慢する文化を醸成し、営業担当者一人ひとりの属人性を排除した取引の行動指針につながっている。

付加価値の高い製品を生み出すキーエンス(写真:Postmodern Studio/stock.adobe.com)
付加価値の高い製品を生み出すキーエンス(写真:Postmodern Studio/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

製品に「定価」を付けない

 キーエンスのプライシングに定価という概念はない。取引先によって提示する値段が異なるのだ。例えば前述の2000万円のマイクロスコープの場合、価格が2000万円となる。これが上限で、下限が営業利益率の目標値だ。

 取引先に値段を提示するときには、前述の「効果」がよりどころとなる。例えば、今は品質検査に3時間かかっているが、キーエンスの機械を導入すると30分で済む。2時間半の作業がなくなり、その分、労務費が削減できる。その効果を見込めば、2000万円の機械は何年でペイする、といった具合だ。決して2000万円の機械を買ってください、という打ち出し方はしない。

 また、取引先の担当者にキーエンスの製品の魅力を感じてもらっても、その上の決裁権を持つ上長や購買部門からストップをかけられてしまっては話が前に進まない。そのため、彼らは、取引先の製品購入の稟議(りんぎ)書作成を代行する。

 先ほどの効果のストーリーを軸に、なぜキーエンスの製品を今購入する必要があるかを分かりやすく整理する。導入の前と後での生産性の違い、機械の老朽化による品質低下・安定稼働リスク、相見積もり先の製品名と効果の差など、キーエンスの製品の良さを決裁権を持つ人に理解してもらい、現場の担当者に機械を利用してもらえるよう、手厚くフォローする。購買部門も現場の担当者の意向を無視することはできず、しかも稟議書が分かりやすく、導入のメリットが受け入れられれば、価格の絶対値が高いか安いかは大きな問題にならないのだ。

B2Bのビジネスで起こりがちな「値決めの悩み」に答えます。交渉で主導権を握るポイントを4つの視点から分析。12業界の成功事例も解説しました。ロジカルな値決め手法から、心理的な駆け引きまでを網羅した決定版です。

下寛和著/日経BP/2200円(税込み)