B2Bの取引では、ロジカルな値付けだけではなく、心理的な駆け引きやコミュニケーションがより重要になってくる。今回は、書籍『プライシング 戦略×交渉術 実践・B2Bの値決め手法』(下寛和著/日経BP)より、「相互利益の達成」「時間と譲歩」「交渉の順番」の3つの視点から、交渉をうまく進めていくための考え方を具体的に解説していく。
相手の利害に焦点を当てる
仮に交渉に成功の定義があったとすると、それは相互利益の達成だといえる。相手に一方的に白旗を上げさせる交渉はうまくいったとはいえない。B2Bの取引では、相手にもいい交渉だったと思ってもらうことで、次回の交渉にもいいかたちで臨むことができる。相手に交渉に勝ったと思わせながら、実はこちらも勝利をおさめているという状態が理想である。
一つの例として、私は以前、中古の分譲マンションを売り買いしたことがあるが、買う立場であったとき、4850万円という値段で目当ての物件が売られていた。それに対して4600万円という値段をオファーしたところ、最終的には4650万円という値段で交渉が成立した。これにより、私は最初に提示された値段から200万円安く購入することができた。
一方で、売る側の4850万円という値段にも色が付けられている。通常、値下げ交渉をあらかじめ覚悟して実際に売りたい金額よりも高めに設定する。そのため、相場よりも高いと思いつつも4850万円にして売り出すことで、最終的に4650万円で妥結することができた、といったあたりだろう。今回の私のケースにおける売る側の真意は分からないが、こうして両者とも交渉に勝ったと思える状態が実現されている。これが相互利益の達成である。
企業と企業の取引において、もちろん双方が納得のいく価格で交渉が成立するのが相互利益において理想であるが、買う側の利害は必ずしも値段だけとは限らない。扱っているものが製品の場合、例えば、安定した納期対応、サプライチェーンのリスク分散、品質不良への迅速な対応、コミュニケーションの取りやすさ、そういった観点も考慮し、総合評価で取引先を決めるケースも少なくない。
営業担当として、相手が交渉に勝ったと思える状態をどうすれば実現できるか。もちろん価格の観点として、複数購入の場合にディスカウントテーブルを適用するという手もある。ただし、それだけではなく、即納率△%の保証、相手の工場の安定稼働への貢献など、価格以外にトレードオフの条件を出して可能な限り金額を引き下げず、自社との取引のメリット(価値)を感じてもらう。お互いの利益をかなえるための工夫があると、両社にとって理想の帰着点にたどり着けるのである。
決断が早いことは不利でしかない
本書の 「はじめに」 の中でフリマアプリの普及と値段の付け方の個性について触れた。割と安い値段を設定してすぐに売ろうとするタイプ、強気の値段設定で少しずつ譲歩していくタイプの2つを例に挙げたが、この差は交渉にかける「時間」の差である。腰を据えてじっくり交渉するか、クイックに取引をまとめたいかで、提示する値段に違いが出る。前者の場合は高い値段を提示して徐々に妥協点を見つけていくスタイル、後者の場合はリーズナブルな価格を序盤から提示するスタイルだ。
もちろん時間をかける交渉はその分、工数もかかり、契約破断のリスクも高まる。ハイリスク・ハイリターン型ともいえる。しかし、営業=いい人、相手に嫌われたくない、相手に喜んでもらいたい、という気持ちが先行すると安易に値下げを切り出してしまう。売り上げではなく持続可能な利益を生み出す、というスタンスでじっくりと交渉に臨みたい。交渉の場において決断が早いことは不利でしかない。
値上げにつなげる交渉のうまい企業は、いわゆる「牛歩戦術」を使っている。交渉を始める前に、相手には最近自社の経営状況が厳しいということを伝える。それによって、相手にも値上げの提案がされるのでは、という心の準備ができる。事前に文書で値上げを通知している企業もある。そして、いざ交渉をスタートしてからは、相手に先手を打たせ、相手からのオファーをすぐには承諾せず、時間をかけて少しずつ譲歩していくことで契約金額の目標ラインを死守するのである。
なお、牛歩戦術は使う側であればいいが、使われた側であったらどうするか。これには「困った作戦」が有効である。相手からのオファーに対して困った、とだけリアクションし、少し間を置く。そのままその場では結論を出さず、いったん持ち帰って一晩寝かせるのだ。これは、人は困っている相手に対して強くは出られない、という特性を利用した手法であり、次の交渉の場で、相手がそれ以上強く出られないよう、けん制球を投げるような効果がある。
これと似たような手法に「ハイボールテクニック」というものもある。これはキャッチボールで相手が到底届かない高い球を投げることで、交渉の主導権をこちらに手繰り寄せる方法のことである。具体的には、相手に最初に割と高い要求を提示する。もちろんこれについては断られるが、相手は一度こちらの要求を断ると、次は譲歩してもいいかと考えてしまう。最初に高いものを勧められて断った場合、次に安いものを勧められると断りづらくてつい購入してしまう、という感覚に近いものだ。
相手の交渉術が巧みだった場合、これらのテクニックを思い出してみると使えるシーンがあるかもしれない。
交渉を仕掛ける順番も考慮する
実は価格の交渉をどの顧客から始めるか、というのも交渉術を高める上では大切だ。まずは自社の経営にとってインパクトが小さい顧客から交渉をスタートさせ、そこで経験値やコツをつかむ。その後、本命の企業との交渉に臨むというのが一つのやり方だ。相手の企業規模が大きくなればなるほど、購買のプロセスが煩雑で、コンペも必須になるなど、交渉は長期戦になりやすい。
「時間」と「譲歩」の感覚を身に付けるためにもまずはこちらが主導権を取りやすい取引先との交渉で腕を磨くことが肝要である。その際、交渉を営業担当任せにせず、管理職以上が進捗を管理し、適宜フォローを入れる。レイヤーを上げながら根気よく交渉に臨む体制も必要だ。
また、特に難度が高いのが既存顧客の契約更改での値上げ交渉である。契約している商品・サービスの内容が変わっていないのに急に値上げを切り出す、というのはやはり難しい。そのようなケースでは、まずは新規顧客向けの価格を引き上げる。その後、既存顧客に対して、「新規顧客はこの値段で購入いただいているので、貴社も同じ値段に合わせたいが、これまでのお付き合いもあるため、今回は値上げしない。次回の契約更改から新料金を適用させていただく」という旨を通達するのだ。
すると既存顧客の中にも、自分だけ特別扱いされている、という感覚が芽生え、次回の値上げに反論しづらくなる。先に外堀を埋める、というニュアンスに近い方法だが、効果は絶大である。
下寛和著/日経BP/2200円(税込み)


