データを重視した人材戦略を進めてきたSHIFTは、人事領域での人工知能(AI)の活用にも積極的に取り組んできた。これまで採用面の活用事例を見てきたが、今回は視線を社員に移してみよう。彼ら・彼女らメンタルを支え、従業員満足度(ES)を高めていく施策にもAIが導入されているのだ。『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』(飯山辰之介著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする。

(写真=Trickster*/stock.adobe.com)
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 SHIFTは450項目を超える人材関連データを集約する「ヒトログ」という独自の人材マネジメントシステムを活用し、データを重視した人材戦略を進めてきた。2025年2月には対話型AIエージェントを導入し、テクノロジーを武器に社員が抱える悩みにまで迫ろうとしている。

 この対話型AIエージェントの名称は「mentai」。明太子を擬人化した10歳の男の子「めん太」がSHIFTから「委託」を受け、全社員を対象にワン・オン・ワンの面談を実施するのだという。

 めん太は人の話をよく聞き、悩みをおだやかに受け止め、どんな話でも否定したりはしない。絵文字も積極的に使う、博多弁を操るチャーミングなキャラクターだが、そのアルゴリズムにはプロのメンター技術が生かされており、心理学やメンタリングの専門知識が詰め込まれている。

 「最近の仕事で、心に残っていることはある?」とか「何でも話してくれてよかばい」といったふうにめん太は社員に話しかける。「仕事が楽しくない」などと悩みを打ち込めば、めん太が「それは辛いね」「もうちょっと詳しく教えてもらっていい?」と深掘りする。対話が終了すると、「めん太の感想文」という個人向けのフィードバックが生成され、社員の現在の状態と、次に取るべきアクションについて助言を受けられる。

社員と対話し、抱える悩みを把握できる対話型AIエージェント「mentai」。明太子を擬人化したキャラクターが社員の相談に乗る(画像=SHIFT提供)
社員と対話し、抱える悩みを把握できる対話型AIエージェント「mentai」。明太子を擬人化したキャラクターが社員の相談に乗る(画像=SHIFT提供)
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 mentaiとの対話で得られたデータは分析の対象となる。悩みの要因が114種類に分類され、悩みの深さもスコア化される。これによって、例えば「キャリアに不安を持っている」場合ならば、スキル向上の機会が不足していると感じているのか、将来のポジションに不安を持っているのか、といった具合に、細かく定量的に把握することを可能にした。

退職リスクに迅速対応

 このデータは退職リスクの算出にも用いられる。SHIFTはヒトログに蓄積されたデータを基にAI解析をし、退職リスクを判断している。このデータにmentaiの情報を加えることで、より精緻にリスクを測ることができる。加えて、リスクの高い人がどのような悩みを、どれほど深刻に抱えているのかまで把握できるようになった。

 特に深い悩みをめん太に語った人は、上長に「ワン・オン・ワンの面談をした方がいい」と人事部からアラートが入る。現在は人力でアラートを出しているが、今後はここも自動化される公算が大きい。

 上長はmentaiが生成した「面談レコメンドシート」を手掛かりに、部下の悩みに向き合う。シートには、ヒトログから抽出された性格特性などのデータに加えて、めん太との面談で得られた「給与」「やりがい」「人間関係」それぞれの具体的な悩み、それに面談の進め方や質問の候補までが並ぶ。今後は事例を蓄積して検討すべき解決策などもリストアップできるようにする計画だ。

 mentaiは運用を通して開発を進めている段階だが、既に効果は確認されている。退職リスクを検知する精度は従来の3倍に向上したという。社員の79%が「AIとの対話が有用だった」と回答しており、深刻な悩みを抱えている人が上長との面談をしたところ、71.9%の社員にポジティブな心境の変化が表れた。

 「何もしなければ辞める可能性が高かった111人の社員が、この取り組みで辞めるのを思いとどまった」(菅原要介・最高人事責任者=CHRO)。退職を阻止したことでどの程度のコスト削減効果が出たのか、つまり人員を穴埋めするために追加の採用コストをかけずに済んだのかも、もちろん試算した。2.8億円程度の効果が確認できたという。

AIだからこそ話せる悩み

 「AIに悩みを打ち明ける社員なんているのかな」。当初、菅原CHROらは半信半疑だったという。だがふたを開けてみれば700人ほどの社員がめん太に悩みを打ち明けた。「AIだからこそ話せる悩みがあるのだと分かった」(同)。悩みを把握できたのならば、会社として「救う必要が当然ある」(採用開発部HRイノベーショングループの井戸誠也プロダクトマネージャー)

 SHIFTでは社内で様々なアンケートを年に何度も実施している。たとえば年2回の従業員満足度調査(ES調査)は全社員の悩みを広く把握する機会だ。ただアンケート調査である以上、得られる情報はどうしても表層的なものにとどまる。面談をすれば社員に深くアプローチできるが、マンパワーも時間も取られるから大規模には実施できない。その間を埋めるのがmentaiだ。ES調査と同様に社員に広く働きかけることができ、同時に面談のように比較的深い悩みも把握できる。SHIFTの人員数が今後増え続けたとしても、これによってきめ細かい対応を続けていける、と期待されている。(続く)

日経ビジネス電子版 2025年11月27日付の記事を転載]

IT企業でありながら「元警察官だろうがキャバクラだろうが引きこもりだろうが、前職を問わない」採用、「トップガン」と呼ばれる社員の隠れた能力を引き出す仕組み、急成長した社員が稼げば「前年比で600万円の昇給」が当たり前に行われる風土。これらが「上場10年で売上高50倍」という驚異的な数字に結実した。人の能力をとことん引き出し、企業の成長につなげる。丹下社長ら経営陣、そして現場への密着取材で、SHIFTの「究極の人的資本経営」を徹底解剖する。

飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)