すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる 』(プレジデント社)の筆者で、博物学者・作家の荒俣宏さんインタビュー3回目は、AI(人工知能)時代の勉強法について。荒俣さんは、「一番数の多い答えを選ぶ」というロジックで作られている今のAIには魅力を感じない、たくさんの本を読んで直感を磨こう、究極の勉強法はこれだと思う「師匠」に教えを請うことだ、という。

AIから大ネタは出てこない

日経BOOKプラス編集部(以下、――) 『すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる』の帯コピーには「AIに負けない勉強法」とあります。実際、AIに仕事を奪われるのではとか、AIの時代にはどんな勉強が必要なのか、と悩んでいる人も多いと思います。

荒俣宏さん(以下、荒俣) これは切実な悩みですが、現在のAI技術のレベルは人間の能力に比べたら、記憶力だけものすごい子ども程度と思っていいでしょう。今のAIは世界に存在する情報のうち機械が読み込めるデータを使って、それを国政選挙と同じように数の多いものを答えとしている。質ではなく、量で決めているのです。ただし、それが正解かどうかは保証しない。だから、最近は詐欺やデマ情報で得た票でも、数が多ければ、国を牛耳れる例さえ現れた。つまり、間違う能力(?)もあるから要注意なんですね。

 AIは人間に対し、役には立つが、責任は負いません。ならば役に立ってもらいましょう。でも、AIに支配されたら、たぶん人間中心社会に存在した知的な仕事は奪われます。これからの若い世代は、AIと共生できる方法を編み出すのが仕事となるでしょう。前回も言ったように、やはり自分の好きを究めて、決め球を用意できる人が強いのです。

 確かにAIは知識量や情報処理能力の面で人間を凌駕(りょうが)しており、将棋の藤井聡太でもAIに負ける日が来るでしょうが、それはビッグデータが数理的に機能する分野だからです。

 でも、わたしたちはAIがはるかに及ばない、さまざまな能力を持っています。例えば人間の生活全般は、AIでカバーできない。AIは大恋愛もできないし、直感や感情も持ち合わせていない。発達したAIを使って世界をより幸福にする仕事は、依然として人間の側にあります。

『すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる』の帯には「AIに負けない勉強法」とある。画像クリックでAmazonページへ
『すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる』の帯には「AIに負けない勉強法」とある。画像クリックでAmazonページへ

 AIはよく間違える代わりに、人間のように意図的に嘘をつくことはできない。逆に人間は嘘をつく能力がある。正解をいっぺんに引っくり返す力がある。悪く使えばデマや詐欺だが、良く使えば、大人が小さな子と相撲を取ったとき、負けたふりをしてあげるような優しい嘘というのもあるでしょう。AIの世界よりもはるかに複雑だし、非数理的です。

過去に人間がついた嘘をAIに学習させれば、AIでも嘘をつけるのではないでしょうか?

荒俣 それは「嘘という本当」を作っているだけで、その嘘がどういう効果をもたらすかまで考えていないでしょう。人間がついた嘘を集計しているだけで、AIが嘘をついているわけではない。もちろん将来は分かりませんが。

 実は過去のAI研究は人間の思考回路それ自体をプログラミング化しようというものでした。でも、日本語のような極めて情緒的で融通無碍(むげ)なものをプログラム化できるわけがない。それで研究は頓挫しました。なぜ、今になって急速に生成AIが進化しているかというと、ひたすらデータを集めて「一番数の多い答えを選ぶ」というロジックに変更されたからです。これぞランキング社会の最たるものですよね。

 もう、インターネット上にはこのロジックがあらゆるところに使われています。ネット書店で本を買えば「あなたが選んだ本を買った人は、こんな本を買っています」と、ずらっとお薦めが出てくる。なんでAIに本を選んでもらわなくちゃいけないんだ、と僕は腹立たしくなります(笑)。

インターネットが登場したときには、「世界中の情報に誰でも接近できる」「世界の扉が開いた」みたいに、大きな期待がありました。荒俣さんもインターネットで遊んでいたのではと思います。AIについても、そうしたプラスの要素は見いだせませんか?

荒俣 そうですね。僕はビジネス界のような数理的世界の人間じゃないから、AIで遊んでみようという気にはなりませんね。むしろ感性や美といった数値化できないものを、AIがどう助けてくれるかを知りたい。確かにインターネットが出てきたときはずいぶん遊ばせてもらったし、役にも立ってもらった。ところが、生成AIが躍り出たここ数年から、AIがむしろフェイクやデマの生成機能によって人間社会の動向を支配しだしたことが気になっています。それが政治経済にも密着してきたことで、人間のほうが支配される危険が出てきたと感じています。

 そして、「数が多ければ多いほどいい」という考え方は、地獄への一本道です。その最たるものは選挙制度です。票を集めるために、なりふりかまわず嘘をつく候補者が出てきます。実は古代ギリシャの哲学者も「多数決で決まる民主主義というシステムは危ない」と気づいていました。その理由は「真実と嘘が混じると、嘘のほうが勝ってしまうから」です。

 デジタルメディアはここまで普及してしまいましたが、本来なら自動車みたいに免許制にして、最低限「理性的に行動できる」という人だけに使う権利を与えるべきだったのかもしれません。これまでは性善説にのっとってやってきたけれども、もうパンドラの箱を開けられてしまったようなものです。

 ビッグデータとはよく言ったものです。あらゆることが質ではなく量で判断されるようになってしまったことが、今の社会を混乱させていると思います。

 当面の改善として問われているのは、ファクトチェックです。本来ならプロバイダーがやらなくてはならない仕事です。その点、オールドメディアである「本」は、編集者や校閲が目を通しているから嘘の割合は少なく、信用できます。デジタル空間もせめて本の信頼性程度には育ってもらわないと困りますよね。

AIに勝てるのは超能力!?

荒俣さんは蔵書をどのように管理しているのですか?

荒俣 管理はしません。というかできません。蔵書が数千冊を超えてくると分類も整理も不能になります。だから本を見つけるには直感=超能力を使っています。なんかあの辺りにありそうだなと探すと、結構見つかる。きっと体が覚えているんでしょうね。

「古書店でも売れなかった本は、産業廃棄物として処理しました」と荒俣宏さん
「古書店でも売れなかった本は、産業廃棄物として処理しました」と荒俣宏さん

 僕は多いときには2万冊の蔵書がありました。今年は家を引っ越したので断捨離したのですが、八方手を尽くして、国内外の図書館や古書店に“浄土”できましたが、一般向けの本5000冊ほどの処分には窮しました。蔵書が粗大ごみ同様に「産業廃棄物」と同じ扱いで焼却されてしまうことも体験しました。今後は個人蔵書の先行きも真剣に考えておく必要があります。

 僕の師匠の紀田順一郎先生も稀に見る蔵書家でしたが、実によく本を読み込み、古くから自分用の検索システムを構築されていました。こうしたアナログ的な読書作業をされたからこそ、「こういうことが書いてある本はないかなと思って古書店の棚を見ると、本のほうが書棚から飛び出してくる」と言っていました。もはや超能力者です。本をたくさん読み、保有している人は、この超能力が使えるようになります。AI時代だからこそ、本をたくさん読んでこの能力を手に入れ、真贋(しんがん)を見抜けるようにならないといけませんね。

生身の「師匠」を作ろう

荒俣さんは紀田先生や水木しげる先生をはじめ、大先輩から教わることが多かったと思います。本書には「勉強法の究極は偉い師匠に弟子入りすること」とあります。

荒俣 やはり究極の勉強法は生身の人間としての「師匠」を見いだすことに尽きます。僕が初めて発見した知の師匠は、小学6年生のとき。水産技官だった新井邦夫先生です。手紙で金魚のランチュウの飼い方を尋ねたら、丁寧なお返事をいただきました。当時は本の奥付に著者の住所や電話番号が掲載されていたので、手紙を出すことができました。

 それから「弟子フェチ」になり、権威と呼ばれる人に手紙を出しては弟子にしてもらいました。中学3年生で小泉八雲の翻訳を手掛けた平井呈一先生、高校生になってからは紀田先生、成人してからは水木先生。みんな雲の上の大先生ばかりですが(笑)、直接の教えを受けられて幸せでした。

 今はプライバシー保護の関係で、手紙を出すことは難しいけれど、その分ネットやSNS(交流サイト)でコンタクトは取れるでしょう。「電話もかけない」という今の若い世代にとって、生身の人と接するのはときに大変かもしれません。でも、生きた勉強をさせてくれる賢人と触れ合わないのは、もったいないことです。

 読者の皆さんは「アラマタが生きてきた時代と今は違うよ」と思うかもしれませんが、『すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる』を読んで「世の中、何とかなるんだな」という安心感を持ってもらえたら幸いです。僕は自分の好きなことしかしてこなかったけれど、どうにかなった張本人ですから。

取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝