すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる 』(プレジデント社)の筆者で、博物学者・作家の荒俣宏さんインタビュー2回目は、「来たバスには乗ってみる」論。興味の持てない仕事も、一度やってみればいずれ面白くなる。そのためには「自分はあえてハンデ戦に挑むのだ」という覚悟を持つこと。自分の好きなことを追求しながらも、世の中と折り合いをつける方法を明かす。

あえて余計な荷物を背負ってみる

日経BOOKプラス編集部(以下――)『すぐ役立つものは すぐ役に立たなくなる』は、「好きなことをやろう」と説く一方で、「目の前に来たバスや電車には乗ってみる」と、一見真逆にも見えるメッセージがあります。これはどういう意味なのですか?

荒俣宏さん(以下、荒俣) よく、「荒俣さんは好きな研究ばかりしていて、自由でうらやましい」と言われますが、実は大学卒業後に日魯漁業(現マルハニチロ)という会社で約10年、会社員をしていました。魚類に興味があって水産会社に就職したのですが、最初の配属先は資材部という、毎日ひたすら漁船に資材を詰め込む作業をする部署でした。

 その後、新設のコンピューター室に異動になり、四六時中プログラムを作り続けることになります。最初は3日で辞めようと思いながらも、4日目にはプログラミングの面白さに目覚め、9年余り働きました。

 この経験で分かったのは「目の前に来たバスには、とりあえず乗ってみろ。辞めるのはいつでもできる」ということです。何でも3年はやってみないと、仕事のポイントは分からないし、やっているうちに面白くなることがあるからです。一種の異世界探検と考えることです。

実際のところ、世の中には面倒な仕事や退屈そうに見える仕事があって、「どんなバスにも乗ってみる」という姿勢は、素晴らしくても、なかなかできないことです。

荒俣 「好きなことだけやればいいという話と正反対じゃないか」と思われるかもしれません。確かに目の前の仕事をやらされるのは「強制」です。でも、「これは自分が強くなるためのハンデ戦。負けて当然だが、その分、結果を恐れる必要がないから、自分のホントの力が分かるかもしれない」と覚悟すれば、やる気が出てきます。「競走馬の斤量(きんりょう)のように、自分に余計な荷物を背負わせれば、眠っていた力が起動するチャンスだ」と考えたら、やってみたくなるでしょう。

 実際、会社員というのはどこに配属になるか分からないし、嫌な仕事もなかなか断れないもの。そんなとき投げやりになるのではなく、自ら「地獄」に飛び込んでいくくらいの気持ちになればいい。人間というのはうまくできていて、嫌だった仕事もだんだんできるようになります。実際のところ、僕は他人が皆こっちに行くなら、自分だけは別のほうへ向かっていくタイプ。すると不思議に面白いことに出合った。

「これは自分に課せられたハンデ戦なんだと腹をくくれば、力が湧いてきます」と荒俣さん
「これは自分に課せられたハンデ戦なんだと腹をくくれば、力が湧いてきます」と荒俣さん

「決め球」を突き詰めよう

 僕の場合、「世の中はこんなもんだな」「どうせ自分はモテないし」「暗い奴だと思われてもいいんだ」と、早くから人生の成功をあきらめていたため、ハンデを背負うことに抵抗がありませんでした。自分が「NO!」と言うことに、あえて「YES!」と言うような、あまのじゃく的なへそ曲がり精神もありましたし。

 でも、安全や成功というキャッチャーのサインに首を振って、「NO」を選択するためには、何か「決め球」を持っている必要があります。でないと、逆転ホームランを打たれて、よけい落ち込みます。しかし、勝てないまでも自分が全力を出したという自信が生まれることもある。それが自分の「決め球」となるのです。それにはやはり、自分がその道を選んだという納得がいく「特技」を磨いておく必要があります。

 この特技というのは、絵がうまい、水泳が得意といった分かりやすい才能じゃなくてもいいんです。むしろ、ニッチなほうがいい。たとえば子どもの頃の特技みたいな、ドブ川で生き物を採集するとか、じゃんけんが強いとか、知らず知らず身についたことで十分です。

 つまり、「これをやらせたらすごい」というものを持っておくと、いつか「決め球」になります。今の時代は「歌がうまい」「ゲームに詳しい」など一芸があれば生きていける世の中になりつつあります。

 知人が「40代の息子がずっと家にいて結婚もしない」と心配しているので、「自宅で何をしているの?」と聞いたら、「ずっとMacをいじっていて、部品を買ってきては何かやっている」とのこと。僕は「心配しなくても放っておけばいい。近所のおじいさん、おばあさんにパソコンを教えるだけでも食っていけます」と、アドバイスしたことがありました。

 もし、自分の好きなことがすごくマイナーな分野だったとしても、突き詰めていけばその道の専門家や発信者となり、それを「決め球」に使える場面がやってくることでしょう。

間違えるのは人間の権利

本書には「人は間違える権利がある」とありますね。

荒俣 以前、僕は百科事典の編纂に関わっていましたが、正しい情報を提供すべき百科事典でも、刊行後に間違いが見つかることがよくありました。人間のすることですから当然です。でも、ミスをした本人は落ち込みますね。そのときに当時の編集長が言ったのが、「こんなに膨大な情報を編集して、読者に届ける仕事なんだ。われわれには間違う権利があると思いなさい」。名言だと感心しました。そう、人間には間違う権利があるんですよ。

「上手に転んで、失敗しても大丈夫なんだと気づくことが大切」と荒俣さん
「上手に転んで、失敗しても大丈夫なんだと気づくことが大切」と荒俣さん

 でも人生というのは、最初にどう間違えるかが大切。僕の場合は幼稚園に行くのがすごく嫌でしたが、母親が無理やり行かせたので、そのうちにどうということはなくなりました。一方、僕の弟も同じように幼稚園に行くのを嫌がりましたが、その頃は母も年を取っていたので、「嫌なら行かなくていいよ」と甘やかした。すると不思議なもので、しばらくは何をするにも根気が続かなくて母を悩ませたことがあるのです。

 最初の失敗を引きずってしまうと、立ち直りは難しくなります。これは自転車に乗るのと同じ。最初は何度か軽く転んでも、ふらふらしているうちに乗れるようになる。上手に間違えて、間違えても大丈夫なんだという体験を積むことも大切です。いや、むしろ間違いを多くするほどいいのです。

(第3回に続く)

取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝