経済学は、経済について自分なりの知見を持ち経済社会の動きをより的確に理解するのに役立つと説くエコノミストの小峰隆夫氏。「経済学の書棚」第18回後編でも小峰氏の著書を取り上げる。経済の推移を追うだけではなく、政治情勢や社会のムードなどを同時に振り返り、世の中全体がどのように動いていたのかを再現した『平成の経済』、エコノミストとしての経験を生かして「思い切り基礎的な経済の本を書いてみたい」との思いを形にした『世の中の見方が変わる経済学』の2冊。

前編 「小峰隆夫氏が『経済白書』に注いだ情熱 経済学の本質とは?」

「経済学の書棚」第18回は官庁エコノミストから大学教授に転身した小峰隆夫氏の著作を題材に、経済学者とエコノミストとの間には経済学を巡るスタンスに違いがあるのかを考える
「経済学の書棚」第18回は官庁エコノミストから大学教授に転身した小峰隆夫氏の著作を題材に、経済学者とエコノミストとの間には経済学を巡るスタンスに違いがあるのかを考える
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バブル経済に好意的でなかった世論

 長きにわたって日本経済をつぶさに観察してきた小峰氏の特徴がよく表れている著書が、『 平成の経済 』(日本経済新聞出版/2019年4月刊)だ。タイトルの通り、平成時代(1989年1月~2019年4月)の日本経済の変遷を時系列で丁寧に検証している。

 研究者が日本経済の歩みを概観した本は多い。高度成長期から安定成長期、さらに低成長期へという時代区分を設け、その中で起きた大きな出来事を、順を追って説明するパターンが目立つ。同じ対象を扱っているので、どの本を読んでもあまり内容は変わらない。

 小峰氏の本は一味違う。経済現象の推移を追うだけではなく、政治情勢や社会のムードなどを同時に振り返り、世の中全体がどのように動いていたのかを再現している。

『平成の経済』(小峰隆夫著)。経済現象の推移を追うだけではなく、政治情勢や社会のムードなどを同時に振り返り、世の中全体がどのように動いていたのかを再現している
『平成の経済』(小峰隆夫著)。経済現象の推移を追うだけではなく、政治情勢や社会のムードなどを同時に振り返り、世の中全体がどのように動いていたのかを再現している
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 例えば、「バブルの生成とその背景」と題する第1章では、マクロ経済の視点から見た経済の状態と一般の人々の受け止め方にはギャップがあったと指摘している。

 バブル経済の特徴を、(1)経済全体が過熱気味に推移する中で、資産から得られるインカム・ゲインが増えていった、(2)金利が大幅に低下し、金融機関も融資姿勢を積極化していた、(3)資産価格の上昇期待が自己増殖的に高まっていった、とまとめたうえで、バブル期のマクロ経済は、ほとんど理想的とも言っていいほどの好パフォーマンスを示していたと総括している。

 その一方、一般の人々はバブル経済にそれほど好意的ではなかったと振り返る。バブルの恩恵は高所得者層に偏りがちであり、勤労者層のフローの賃金に比べてストックの地価が相対的に大幅に上昇し、住宅や土地の購入が困難になった。

 しかも、土地、株式や金融取引を巡って社会的な不祥事が連発し、不当に儲(もう)けを得ている人間がいるというイメージを国民に浸透させ、政策的にバブルをつぶすべきだという世論を盛り上げていくことになったと記述している。

 こうした世の中全体のムードに後押しされる形で、政府・日銀は積極的な「バブル退治」に乗り出し、バブル経済が一気に崩壊したことがよく分かる。

 この点に関連し、終章の「平成経済から何を学ぶか」では、社会的認識(民意)と適切な経済政策とのタイムラグの問題に言及している。社会的認識は時代の進行に遅れがちになる。政治家は選挙に勝つために民意に従おうとするが、民意に従うばかりでは適切な経済政策を実行するのは難しいとの見方を示し、「民主主義のプロセスを損なうことなく、民意に引きずられない政策展開を行うにはどうすればいいのだろうか」と問いかけている。

 「経済学的な考え方」の重要性も改めて説いている。「経済を観察し、課題解決のための政策的対応を考えていくに際しては、やはり経済学的な考え方をできるだけ適用し、その時点で標準的な議論を踏まえる必要がある。経済学的な論拠があいまいなままに政策的な対応が行われていくと、結局のところ大きな社会的コストが発生してしまう」と警告している。

 具体例として、1980年代の経常収支不均衡を是正するための内需拡大、円高への過度の恐怖心、無理筋の日米構造協議での要求を挙げ、いずれも経済的には大きな疑問があったとの見解を示す。しかし、現実の政治は経済学的な議論をほぼ無視して内需の拡大と経常収支黒字の縮減へと向かい、バブルの遠因となった、と日本政府の対応を批判している。

部分均衡論に陥らず一般均衡論で考えよ

 さらに、経済学は「因果関係の連鎖をできるだけ広く、深く考え、回り回って結局どうなるのかを考えよ。部分均衡論的ではなく、一般均衡論的に考えよ」と教えている、と強調している。

 エコノミストとしての長い経験を生かして、「思い切り基礎的な経済の本を書いてみたい」との思いを形にしたのが、『 世の中の見方が変わる経済学 常識のワナに陥らないために 』(東京書籍/2023年7月刊)である。

『世の中の見方が変わる経済学 常識のワナに陥らないために』(小峰隆夫著)。エコノミストとしての長い経験を生かして、「思い切り基礎的な経済の本を書いてみたい」との思いを形にした
『世の中の見方が変わる経済学 常識のワナに陥らないために』(小峰隆夫著)。エコノミストとしての長い経験を生かして、「思い切り基礎的な経済の本を書いてみたい」との思いを形にした
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高校生向け講義を基にした本

 毎年、大学受験予備校の早稲田塾で高校生に経済学の基礎を講義する機会があり、その講義内容を基に執筆した。

 ミクロ経済学の価格理論を基礎に置いている点は他の本と同じだが、本論に入る前に「経済学には多様な考え方がある」と断り、本書で述べていることは、あくまでも「私の考え」であって、世の中の経済学者やエコノミストが必ずしも同意するとは限らないと注意を喚起している。若い読者を想定しているためか、教育者としての配慮がうかがえる。

 「経済学の基礎の基礎から世の中を見てみると」(第1章)では、小峰氏が重要だと考える経済学のエッセンスとして、(1)市場の作用が経済の動きを調整している、(2)人々はさまざまなインセンティブ(誘因)に応じて行動している、(3)時には政府が政策的に介入した方が人々は幸せになる、(4)費用として重要なのは「機会費用」、(5)物事の影響はできるだけ先の先まで考えた方がいい、の5点を提示している。

 ミクロ経済学は、いろいろな条件が揃(そろ)った場合の理論上のものであり、現実には市場はそれほどうまく機能しないと受け取られることがあるが、現実の経済の7~8割はミクロ経済学の教えのように動いていると考えているという。

経済の知見の積み重ねこそが「経済学」

 「経済学は役に立つ」と題する第2章では、「経済学」を学術的な意味での経済学だけではなく、「経済を学ぶこと」と広くとらえていると説明。現実の経済の推移を観察したり、経済政策のあり方を議論して経済についての知見を積み重ねたりしていくことすべてが「経済学を学ぶこと」だとの認識を表明している。

 これに続いて各論に入り、第3章では財政・金融政策を中心とする経済政策、第4章では働き方や雇用の問題、第5章では国際貿易と経済連携、第6章では人口問題を取り上げている。

 経済を観察していると、グローバル化や少子高齢化といった経済社会の大きな流れを知ることができる。経済学は、経済について自分なりの知見を持ち、経済社会の動きをより的確に理解するのに役立つと小峰氏は説く。

 そうであるなら、経済学は決して専門家の占有物ではなく、経済活動に関わる多くの人々が利用できる公共財と言ってもよいはずだ。同氏による一連の著書を、特別な専門知識がなくても経済学を有効活用できる環境を整える「経済学の民主化」への試みとして読むこともできるだろう。

写真/スタジオキャスパー

第21回読売・吉野作造賞受賞

日本経済新聞「エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10」第1位(2019年)。政策混迷が招いた熱狂、転落、苦闘――「経済白書」でバブル崩壊を分析、未曾有の事態に向き合い続けたエコノミストによる同時代史と次代への教訓。

小峰隆夫著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)