その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は松尾真一郎さん、崎村夏彦さん、楠正憲さん、阿部涼介さん、小泉遼平さん、掛林美智さん、北條真史さん、鳩貝淳一郎さん、清水一平さん、栗田青陽さんの共著『 Web3の未解決問題 』です。
【はじめに】
松尾 真一郎 米ジョージタウン大学 研究教授
かつて私を含む8人の著者陣は著書『ブロックチェーン技術の未解決問題』を2018年に出版した。黎明(れいめい)期にあったブロックチェーン技術の基礎を解説するとともに、ブロックチェーン技術が世の中をより良くする形で普及するために解決すべき課題を論じた。
発行直後に発生したコインチェック事件につながる解説などで注目を集めた。この書籍はまもなく中国語と韓国語に翻訳され、さらに2021年には独Springer(シュプリンガー)から英語版(タイトル『Blockchain Gaps』)が出版された。
当時、著者陣が書籍を執筆した主な動機は、ブロックチェーンの技術と運用に関する正しい理解を醸成するとともに、ブロックチェーン技術の実際の設計・実装に基づく「実力」の範囲を超えた過度な宣伝や投資の呼びかけなどに対して警鐘を鳴らすことであった。
著者陣は、人によっては20年以上、暗号技術とその社会への適用の研究、ビジネスへの応用、そして政府の委員会などでの検討に加わっていた経験を持つ。その過程で、過剰に宣伝された技術が、その過剰さ故の失敗によって押し潰された経験を何度もしている。
ブロックチェーン技術は様々なアイデアが詰まっているが故に、その面白さが多くの人を魅了し、新たなイノベーションのアイデアをつくり出す。だからこそ、実力不足の状態で応用の大風呂敷を広げることに警鐘を鳴らした。
書籍の名前に「未解決問題」という言葉を入れたのは、ブロックチェーン技術が、それまでの技術に比べて何が実現できるか、何が実現できないか、そしてもし解決できる課題があればそれはどういう方向なのか、というブロックチェーンの「力不足」の部分と「限界」の部分を、「未解決問題」という切り口で強く意識する必要性を示したかったからだった。
何事においても万能な技術はなく、あらゆる技術にはうまくいく条件とうまくいかない条件がある。そうした意識を持つかどうかが、社会への適用やビジネス構築の成否を大きく左右する。
6年間の環境の変化と、変わらない課題、加わった課題
本書を執筆している2024年は、前回の著書の発行から6年の時間が経過している。前回に選んだ課題は、情報システムに常につきまとう根本的な課題であったり、ブロックチェーン技術そのもののアルゴリズムに関わる数学上の制約であったり、ブロックチェーン技術を使う組織や人の根源的問題であったりした。そのほとんどは数年では解決が難しく、長期間にわたって解決が難しい問題である。
そして、コンピューターのコードと数学を使って、人間世界の信頼やガバナンスの問題を完全に解決できる(そう信じている人もいるが)わけではないので、アルゴリズムや数学での解決は、必ず別のところにしわ寄せをつくることになる。筆者が見る限り、現在も未解決問題はほぼ解決できておらず、解決したと思っても、別のところにしわ寄せをつくっていて、それは新たな信頼できる人や組織を必要としたり、ブロックチェーンの性能を著しく落とすものだったりする。
『ブロックチェーン技術の未解決問題』が問いかけたもの
前回の著書では、大きな分類で言えば以下の4つの課題を取り上げた(図0-1)。
このうち1と2は、ブロックチェーンに限らず世の中ほとんどのシステムの課題であり、かつ、多くのシステムにおいて現在も大きな頭痛の種となっている。
1の「暗号技術としての安全性と、システム全体での安全性の検証」は、新たに提案された暗号技術を安全な形で社会に実装する上で必須の工程だ。具体的には、暗号技術の基礎である暗号アルゴリズムや、暗号アルゴリズムと通信を組み合わせてより高機能なセキュリティーやプライバシーを実現する暗号プロトコル(ブロックチェーンもその一種)において、脆弱性やバックドアがないことを調べるために、アカデミアを交えた数学的証明や公開検証が必要となっている。
この6年で、そうした安全性証明のための研究は進んでいるものの、支払いに特化したBitcoin(ビットコイン)プロトコルですら全体のセキュリティーを証明するには至っていないし、より広範囲のアプリケーションを目指したブロックチェーン技術の検証は緒に就いたばかりである。
さらに暗号の実装のセキュリティーについても、例えば暗号技術を実装した製品の認証に必要な共通的なセキュリティー仕様であるコモンクライテリア(ISO/IEC 15408)のプロテクションプロファイルなどが規定されているわけでもない。それが故に、安全性の検証を誰もができない状況だ。
2の「暗号技術を利用したシステムにおける運用の検討」については、前回の書籍で「鍵管理」と「暗号技術の危殆(きたい)化(当初の安全性が時間経過とともに損なわれる問題)」を取り上げた。
このうち鍵管理については、今も電子署名アルゴリズムの署名鍵の漏洩による数百億円単位の被害が続発している。そもそも、鍵管理は人間のオペレーションにも依存する上に、ビジネスの利益構造や可用性とのトレードオフになる。そのため、技術を過信している人、収益性を重要する人ほど軽視する傾向がある。しかし、いくら数学的なアルゴリズムが完璧でも、そのアルゴリズムは人間による安全な鍵管理を前提にしている。この問題は技術革新だけでは解決できない。
危殆化については、古い暗号アルゴリズムからより安全なアルゴリズムへ移行する方法についていくつかの方式が提案されているが、エンジニアリングのレベルではまだ議論は進んでいない。
3の「スケーラビリティーと中央集権性とのトレードオフ」については、前回の書籍でスケーラビリティー(ブロックチェーンの文脈では、一定時間当たりの処理性能のこと)を向上する方法の一例として「Layer 2」と呼ばれる技術に言及した。Layer 2とは、ブロックチェーン上の処理(オンチェーン処理と呼ばれる)とブロックチェーン外での処理(オフチェーン処理と呼ばれる)の整合性を確保しつつ、連携して処理をさせる方法で、前回の書籍ではLightning Networkを例にして紹介した。
しかしその後の研究で、Layer 2においてもともとのブロックチェーンネットワークに比べて分散性を落とさないようにするため、またLayer 2の処理の整合性を担保するために、信頼できるサーバー(Watch Tower)が必要だと分かった。
Layer 2技術以外にも、ネットワークレベルでスケーラビリティーを向上させる技術として、過去に分散コンピューティングの分野で研究されていたシャーディング(分散合意を担うノードを複数のグループに分けて処理を分担させる技術)を適用するトライが進んでいるが、グローバル規模のブロックチェーンで安定的に動作するかは分かっていない。
4の「分散したデータの更新に関する安全性の保証」については、伝統的に分散コンピューティング分野で研究されている分散合意アルゴリズムの問題である。グローバルかつパーミッションレス(参加に許可の要らない)なブロックチェーンを構成しようとする場合、実用的ビザンチン故障耐性(Practical Byzantine Fault Tolerance、PBFT)合意アルゴリズムを使うことはできず、Bitcoinで使われているProof of Work(PoW)アルゴリズムのような確率的な合意にならざるを得ない。
この点についても、6年前からは状況が変わっていない。また、その時点でもPoWアルゴリズムの電力消費量が課題であることは知られていたが、その後GPU(画像処理半導体)ボードが高騰するほどにマイニング競争は過熱し、大きな環境問題としてメディアが取り上げるまでになった。一方で、電力消費問題を回避できることが売りであるProof of Stake(PoS)は、そのガバナンスメカニズムから、PoSで発行された暗号資産が有価証券であると判定される可能性がPoWに比べると高くなり得る。
以上の考察から分かるように、前回の書籍で掲げた未解決問題は、6年経過した今でもおおむね未解決のままなのである。
分散型金融、DAO、Web3.0に広がり、新たに生じた問題
前回の書籍はBitcoinがメインターゲット、つまり支払いという極めて単純な処理(AliceとBobが持つ帳簿上の残高の加算と減算)がターゲットだった。しかしその後、スマートコントラクト、いわゆる分散型金融、DAO(Decentralized Autonomous Organization、自律型分散組織)、そしてWeb3(Web3.0)など、単純な支払いよりもはるかに広範囲の応用に向けたトライが行われている。
単純な帳簿上の加算と減算であれば、全てをオンチェーンで処理できるため、中央管理するサーバーがなくても処理を継続できる。しかし、それ以上の情報を処理しようとすると、オフチェーンから取り込まれる情報の信頼度が問題になる。
つまり、せっかくブロックチェーン上で多数のマイナーの合意を取ったとしても、それよりも信頼度の低い情報を取り込むことによって、その努力が台無しになる。これをオラクル(神託)問題と呼ぶ。オフチェーンからの情報を無条件に信頼するのであれば、そもそもブロックチェーンなど使わなくても、ある事業者を信頼すればよいことになる。
これに加え、複数のブロックチェーンについて相互互換性を保ったまま接続したり連携したりする技術も開発されているが、接続する部分(ブリッジ)の信頼性がブロックチェーン本体よりも弱く、そこが攻撃の対象になっている。
実際2022年になって、ブリッジへの攻撃で数百億円単位の流出が起きている。つまりブロックチェーン単体だけでなく、ブロックチェーン同士、あるいは外部のシステムと連携することで弱い部分(The weakest link:鎖の一番弱い部分)が発生している。もちろん、新たに発生している技術的な課題は上記にとどまらない。
ここ2~3年、暗号資産の時価総額が以前よりはるかに肥大化するとともに、決済手段にとどまらず多様な「金融商品」に近い応用事例が数多く登場したことで、暗号資産は金融市場の一部として認識されるようになった。これに伴い、本来はBitcoinの発明で取り除きたかった「人間同士のガバナンス」の課題が再び現れている。
金融庁が2022年6月に公表した報告書「分散型金融システムのトラストチェーンにおける技術リスクに関する研究」によると、いわゆる分散型金融と自称するサービスでは、システムのあらゆる決定をガバナンストークンの所有者の投票によって行うが(この時点で、株式会社との違いは既に見えにくいが)、多くのケースで投票率が1桁パーセントにとどまっているという。分散型と名乗るにはやや看板倒れの印象だ。
少し前まで分散型金融の多くのプロジェクトで起きていたのは、ある行動をすることでトークンが得られる「xx to earn」をうたう一方、その原資は利用者による高額な初期費用の納入で賄われるという、いわゆるポンジスキームだった。SNS(交流サイト)を見る限り、分散型金融とか、Web3という言葉に隠されて、ポンジスキームが「人より早く情報を仕入れて、ポンジスキームの勝者側に回って勝ち逃げをするゲーム」のように美化されているようにも見える。
こうした極めて伝統的な詐欺的なスキームが入る余地を与えているのは、そのような「人間の業」をうまくコントロールする仕組みが、今のブロックチェーンに欠けている、要は人間の業との付き合いという新たな未解決問題が生じていることになる。つまり、この6年間で問題はより多様かつ複雑になり、また人間の業のように技術とは無縁の性質に根ざした問題が多く、未解決問題は増えているといってもよい状況だ。
結局のところ、分散型の社会を言葉通りに実現するのは、人類にとってまだ早いかもしれないし、今のブロックチェーンベースの技術はその助けになっているどころか、一部の支配的な人の権限を強めることになっているかもしれない。
ブロックチェーンの課題を冷静に見つめることと、人間の歴史に学ぶ必要性
ブロックチェーンとその応用は、Web3という名称と併せて、現在日本政府の政策議論のイシューにもなっている。これから、より多くの議論が、政府だけでなく、民間、あるいは学術界を巻き込んで行われるだろう。
一方で我々は2022年以降、人間の業としての暗号資産バブルの崩壊を目の当たりにし、暗号資産の流出を防げていない。さらに、規制当局の規制目標である消費者保護、金融犯罪(マネーロンダリングなど)、金融安定上の課題はますます増えている。
こうした現状を踏まえると、ブロックチェーンとその応用について、改めて技術面でできること・できないこと、力不足と限界の部分、努力すれば解決できる部分(それは、ビジネス上の差異化要素にもなる)を整理することが重要である。SNSやイベントで飾ったストーリーを話す人よりも、そのような知見を持った人材こそが重要になる。
2024年に発行する本書は、前回のようなビジネスパーソンの理解の醸成に加え、今後この世界で活躍する若者が正しい課題設定を認識して、より建設的なトライができるようにする、人材育成コンテンツとしての意味も持っている。改めてブロックチェーンの技術的な整理を行うとともに、新たに生じた課題を含めて、現在の課題を詳細に説明していくことを目標にする。
分散型金融やDAOをめぐる議論は、もしかしたら結局は、一度スクラッチから考えて結局は株式会社を高速に再発明する、というオチに終わるかもしれない。あるいはもしかしたら、もう少しスマートなガバナンスが発明されるかもしれない。
この点、つまり人間の業とガバナンスも課題と考えると、歴史に学ぶ必要が出てくる。人間の業を歴史的に理解することが、結局は、遠回りでもブロックチェーンの将来を明るくすることになるだろう。
【目次】



