ポジショニング派とケイパビリティ派の2大経営戦略論の戦いから、統合、そして発展へ。およそ100年の経営戦略論の誕生と変遷を解説します。シリーズ累計34万部を突破した『経営戦略全史〔完全版〕』(日経ビジネス人文庫)の刊行を記念して開催された、著者・三谷宏治さんの特別講演セミナーの一部をお届けします。
世界大恐慌で知る「外部環境」の恐ろしさ
「経営」の誕生(前編を参照)を受けて「経営戦略」とは何かを最初に定義したのが、チェスター・バーナード(1886~1961)です。
バーナードは、米国の電話会社ベル(今のAT&T)の地域子会社で1927年からの20年間、社長を務めました。在任中の1938年には『 経営者の役割 』(リンクは山本安次郎、田杉競、飯野春樹訳の新訳版。ダイヤモンド社刊)を出版し、会社のエグゼクティブが果たすべき機能(ファンクション)を論じました。
ここで注目したいのが1938年という数字です。これは1929年末に始まった世界恐慌から、米国が10年近くをかけてようやく立ち直ってきた時期です。
世界恐慌で、多くの経営者たちは「外部環境」の恐ろしさを身をもって知ることになりました。あらゆる市場が半分以下に縮む中、多くの企業が倒産し、大量の失業者が街にあふれました。しかしそのような状況でも、バーナードは企業を存続させた経営者でした。『経営者の役割』で彼は、外部環境がどれほど大変でも、それに負けないために経営者には果たすべき役割がある、と不況に苦しむ企業トップたちを鼓舞しました。
経営戦略とは「組織を超えた共通の目的」
バーナードは、「企業は単なる組織の集まりではダメで、システムとして動かなくてはならない」と言い、そのためには3つのことが必要だと唱えました。まずは「貢献意欲」。そもそも従業員が貢献意欲を持たなければ話になりません。2つ目は「コミュニケーション」。従業員たちが組織内外を問わずちゃんとコミュニケーションを取ること。そして最後が「共通の目的」です。いくら貢献意欲が高くてコミュニケーションが活発であろうが、組織の壁を越えた共通の目的がなければ、組織はどこにも進めません。
彼はその共通の目的のことを「経営戦略(ストラテジー)」と呼びました。ストラテジー(strategy)という軍事用語を初めてビジネスの世界に持ち込んだのです。
今ではその「経営戦略」が細分化されて、ミッションやビジョン、バリュー、全社戦略、事業戦略などになっていますが、それらはすべて「組織を超えた共通の目的」です。反対に言えば、共通の目的として意味がなければ、戦略には意味がないということです。世界の人たちを幸せにする、みたいなふんわりとしたビジョンでは共通の目的にはなりません。何をやるべきか、そしてそれをどれだけ具体化できるかが重要で、自らの組織(システム)に共通の目的(経営戦略)を作ることが経営者の役割だとバーナードは説いたのです。
経営戦略論の「百年戦争」
ここからいよいよ経営戦略論の発展・進化が始まります。カナダ マギル大学のヘンリー・ミンツバーグ(1939~)は著書『 戦略サファリ 』(1998年。リンクは齋藤嘉則監訳の第2版、東洋経済新報社刊)で経営戦略論は10の流派に分かれると主張しました。ですが、私はそれらをさらにシンプルに、「ポジショニング派」と「ケイパビリティ派」に整理しています。
ポジショニング派の考え方は、「儲(もう)けられる市場」を見つけ、それに応じてやり方を考えるというものです。ポジショニング(市場と位置取り)が先で、ケイパビリティ(企業能力)は後です。一方、ケイパビリティ派は自分たちの優れた能力(コアコンピタンスなど)を見極めてから、得意なことで狙える場所を探すという考え方です。ケイパビリティが先でポジショニングはその後です。
ポジショニング派のチャンピオンはハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター(1947~)であり、ケイパビリティ派の番長はジェイ・バーニー(1954~)です。両派は互いに考えを譲らず、長い間ずっと争ってきました。私はこの戦いを、イギリスとフランスの間で行われた戦い(14~15世紀)になぞらえて経営戦略論の「百年戦争」と呼んでいます。
私が一番好きなのはミンツバーグなのですが、彼は論争に対して、「ポジショニングもケイパビリティもどちらも必要、企業の発展段階に応じてそれらを組み合わせることが大事だ」と主張しています。まことに、ごもっとも。「コンビネーション派」と言います。
また、多くの経営戦略論はその戦略を作り上げるための「プロセス」を開発するのですが、それに対しても「価値ある経営戦略は計画的に作られるものではなく創発的にしか生まれない、つまり経営戦略とはクラフト(手工芸)なのだ」と言いました。これまた、その通り。
経営戦略に「正解はない」
さらに、身もふたもないのですが、ミンツバーグは自身のコンビネーション派も含めて、「戦略に正解はない」と言い切ります。それぞれの企業が置かれた環境も状況もバラバラなのに、個々の会社の戦略について正しい答えが導き出せるような一般論(経営戦略)はありえないということです。
ですが、同時に彼は、正解はなくても、それでも経営者やマネジャーは組織を動かすためにどれかを選ばなければならないとも言っています。経営戦略論は経営のための言葉、「共通言語」だからです。自分たちは「ブルー・オーシャン戦略」で行こうと決めたら、みんなが同じブルー・オーシャン戦略を学ばないと会社はうまく動きません。経営戦略論は、それが正解じゃないとしても1つを選び、それを自分たちなりに磨き上げて使いこなしていくしかないのです。「共通の目的」を考え、伝えるための「共通言語」として。
21世紀の経営は「やってみなくちゃ、分からない」
1990年代にインターネットが爆発的に広がったことで、経済・経営環境が急激に変化し、イノベーションの時代が到来します。これまで経営戦略論はポジショニング派とケイパビリティ派に分かれて争ってきましたが、その目的がどちらも「イノベーションをどう生むのか」「イノベーターをどう育てるのか」のイノベーション論に収斂(しゅうれん)していきます。クレイトン・クリステンセンによる『 イノベーションのジレンマ 』(1997年。リンクは玉田俊平太監修、伊豆原弓訳の増補改訂版、翔泳社刊)やキムとモボルニュによる『 ブルー・オーシャン戦略 』(2005年。リンクは入山章栄監訳、有賀裕子訳の新版、ダイヤモンド社刊)、エリック・リースの『 リーン・スタートアップ 』(2011年。井口耕二訳、日経BP)が有名です。
その中でも特に、経営環境の激変に対応するために登場したのが「アダプティブ戦略」。その名の通り「適応性の高さ(adaptive)で戦う」戦略です。どのようなポジショニングでどのケイパビリティで戦うべきなのか、素早く試して、そこから学び、修正し、方向転換するという「高速試行錯誤型」の経営戦略です。平たく言うと「やってみなくちゃ、分からない」「でもそのやり方はある」ということです。
今回『経営戦略全史〔完全版〕』の刊行に当たり、この十数年間で流行った戦略論の中から、何を加えようか考えました。日本でよく知られているのは「両利きの戦略」(初出は1996年)ですが、同様のテーマにおいて主張的には「ストラテジック・イノベーション」のほうが実践的だと思い、入れませんでした。
結局1つだけ選んだのはアダム・グラント(1981~)の「ORIGINALS」です。まさにオリジナリティがありました。彼は大学の教授であると同時にエンジェル投資家でもあります。著書『 GIVE & TAKE 』(2013年。楠木建監訳、三笠書房)が大当たりしたのですが、それに続く『 ORIGINALS 』(2016年。楠木建監訳、三笠書房)では、成功する起業家たちの真の姿を解き明かしてくれています。
ある時、学生3人が「眼鏡のオンライン販売での起業を考えているので出資してほしい」とグラントを訪ねてきました。彼は学生たちのビジネスプランがうまくいくとは思えず、さらには3人が「いきなり起業は怖いから、いったん普通に就職する」などと言う姿勢にあきれて、出資を断ります。そんなのんびりした姿勢で起業に成功するはずがないと。しかし、学生たちは後に眼鏡のD2C企業「Warby Parker」(2010年創業)で大成功し、ユニコーン企業に成長します。彼は教授としても投資家としても大失敗したのです。
グラントが示した新しい起業家像
ですが、グラントは転んでもタダでは起きません。なぜ自分は判断を誤ったのか、自身の失敗を対象に研究を始めます。そして分かったのは、成功する起業や起業家の特徴は、これまで常識として考えられていたものとはまったく異なっていたということでした。
例えば、「ファースト・ムーバーズ・アドバンテージ(先行者利益)はない」ということです。起業はリスクを恐れず先に参入した人から成功すると思われていましたが、そうではなく、一番大切なのはタイミング。遅すぎても早すぎてもダメでした。
また、起業の際に本業を辞めて専業で取り組むより、「副業で携わっているほうが成功しやすい」ということも分かりました。専業になってしまうと、大きな方針変更や引き返すことができません。副業で取り組むからこそ、ぎりぎりまでアイデアを詰め、より正しい意思決定ができるのです。「自信家のリスクテイカーよりも、やや臆病なくらいがいい」ということです。
面白いのが、幼少期の行動特性です。起業に成功する「オリジナルな人」たちは、規則をきちんと守るタイプの子どもではありませんでした。ただ、「規則を破りはしても境界線が分かっていて、それは越えない子ども」でした。
多くのオリジナルな人たちというのは、これまでの常識を否定する「少しだけはみ出した人」たちであって、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのようなずばぬけて特殊な人(奇人とも言える)ではない、が『ORIGINALS』の結論なのです。
ポーター、コトラー、ミンツバーグ、BCG、マッキンゼー etc. 20世紀初頭から現在まで、100年の間に登場した経営戦略論を紹介します。経営戦略論の変遷を一気読み!
三谷宏治著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)



