二酸化炭素(CO2)削減の機運が高まる中、各国政府は2030~35年にエンジン車廃止を表明して電気自動車(EV)に傾注している。だが、本来目指すべき姿はEVシフトではなく、グリーン燃料/電力への転換も含めたカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)を実現することにある──。Touson自動車戦略研究所 代表(自動車・環境技術戦略アナリスト)で元トヨタ自動車技術者の藤村俊夫氏による2022年4月19日に開催された「東京デジタルイノベーション2022」の基調講演をお伝えする。その第5回。
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日本政府には闇雲に電気自動車(EV)を推す前に、まずはしっかりと二酸化炭素(CO2)の基準値を厳しくしてほしいと思います(図1)。ここが全くできていないのにEVを推進しても、CO2削減には何の成果もありません。
日本も欧州も新車登録数は飽和しています。図2に示す既存の規制値で計算すると、欧州は、2030年に2020年比で保有車のCO2が41%減ります。日本では保有車のCO2は26%しか減りません。ここから分かることは、欧州ではガソリンスタンドに5%くらい合成液体燃料(e-fuel)を混ぜれば、CO2の45%削減を達成できる可能性があるということです(CO2削減の規制がこれから年率7%以上に強化できたと仮定して)。
これに対し、日本はCO2削減の規制が年率3.5%であるため、e-fuelなどを19%も混ぜなければ達成できません。すなわち、年率3.5%では話にならないのです。これよりも規制を2倍強化しなければなりません。そして、それに対応できない自動車メーカーは淘汰されていくことになると思います。それを避けたいなら(CO2削減に対応できる)大きな企業と連合を組めばよいのです。
欧州によるHEV推しの裏
各国政府は電動車(xEV)の導入についてさまざまなことを言っていますが、個人的には、政治的な思惑のあるものだと解釈しています(図3)。特に述べたいのは、ドイツとフランス、英国がディーゼルエンジン車(以下、ディーゼル車)とガソリンエンジン車(以下、エンジン車)を廃止すると言っており、欧州委員会はハイブリッド車(HEV)も廃止すると言っていることについてです。なぜ、そのようなことを宣言するのでしょうか。
世間の多くの人は、欧州がEVに注力しているのはEVが環境に良いからだと思っています。しかし、それは違います。以前、欧州は「クリーンディーゼル車」でCO2を減らそうとしたのですが、大きくつまずきました。一方で、HEVを造りたくても日本の自動車メーカーに席巻されている上に、自分たちは良いものを造れない。となると、残った駒はEVしかない。つまり、欧州はEVに舵(かじ)を切るしかなかったというわけです。
かつては中国も「これからはEVだ」と言っていました。中国はエンジン車にしてもHEVにしても世界最大の販売国であるにもかかわらず、良いものを造る技術がない。しかし、EVであれば各国が一斉にスタート地点に立つことになるため、世界に売り出せる良いものを造れるかもしれない。こうした理由からEVの開発を始めたのです。
ところが、中国にはNEV(New Energy Vehicle;新エネルギー車)規制に加えて燃費規制もあるため、中国の自動車メーカーからHEVがないと対応できないという声が上がってきました。そこで、日本の自動車メーカーからハイブリッドシステムを供与してもらうことにして、結局、中国はHEVに大きく舵を切りました。この点を理解しておくべきでしょう。
EVとPHEVをごちゃ混ぜにしたメディア報道
欧州では「EVが売れている」と言っていますが、それはメディアがEVもプラグインハイブリッド車(PHEV)もごちゃ混ぜにして「EV」と言っているからです。よく中身を調べたら、EVとPHEVが同じくらい売れており、PHEVはEVを逆転する勢いで売れています。さらに言えば、HEVはそれ以上に売れています(図4)*。
HEV(ストロングHEV)は日本の自動車メーカーくらいしか造っていないのにこれだけ売れているということは、より多くのメーカーがHEVを造って品ぞろえを増やせば、間違いなくHEVが売れると思います。今後はそうなっていくと私は考えています。
やはり、HEVが「現実解」
図5に私が分析した今後の電動車のシナリオを示しました。世界的にこうなっていくという予測です。EVのメインは、超小型の低速EV(LSEV;Low Speed Electric Vehicle)という小さいEVです。私はこれが「EVの現実解」だと考えています。EVはこうした小さいものと、補助金がなくてもユーザーが購入する高級EVに二極化していく。そして、欧州ではPHEVが確実にEVを上回る。こうして進んでいき、2030年までに最も売れるクルマの「現実解」はHEVというのが、疑いようのない事実だと私は確信を持っています(なお、ここには補助金の影響は考慮していない)。
最後に、私が分析した将来のモビリティーのすみ分けを図6に示します。大型の長距離トラックやバスなどは燃料電池車(FCV)です。それよりもう少し小さいトラックなどはバイオ燃料のディーゼルです。乗用車のうちの小型以下、すなわち軽自動車や軽トラ、そして100kmも走らないLSEVなどはEVです。これらは家庭でつくった電気で走らせるというイメージです。中央の一般的なクルマは、エンジン車やHEV、PHEVが主流になります。残ったごく少数の高級車は「MIRAI」のようなFCVや、米Tesla(テスラ)の「モデルS」のようなEVとなるでしょう。
これが2030年から2035年の「クルマの絵柄」だと思っています。ただし、グリーン燃料は必須です。参考までにドイツPorsche(ポルシェ)はチリでe-fuelを生産する計画を立てています。
Touson自動車戦略研究所代表(自動車・環境技術戦略アナリスト)

[日経クロステック 2022年5月27日付の記事を転載]
■藤村俊夫氏の著書『EVシフトの危険な未来 間違いだらけの脱炭素政策』の「はじめに」をお読みいただけます。>>【まいにち「はじめに」】へ